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 かれは笑い、その綱をつかみ、滑車を動かした。
 すると長いあいだ風に吹かれていない、古い風見鶏がきしむように、滑車はきしむ音をたてた。
 「聞こえるよね」 ちいさな王子は言った。「ぼくたちがこの井戸を起こしたんだ。それで井戸が歌ってる. . . 」
 ぼくはかれに無理してもらいたくなかった。
 「ぼくがするよ」 ぼくは言った。「きみには重すぎる」
 ゆっくりとぼくは桶を縁(ふち)石(いし)まで引きあげた。ぼくはそれをそこにしっかり置いた。ぼくの耳には滑車の歌が続いていて、まだゆれている水には太陽がゆらいでいた。
 「ぼくがほしかったのは、この水なんだ」 ちいさな王子は言った。「ぼくに飲ませて. . . 」
 そこでぼくはかれが探していたものがわかった!
 ぼくはかれの唇まで桶をもちあげた。かれは目を閉じて飲んだ。それは祝祭のように甘美だった。その水はまったく普通の水ではなかった。それは星空の下を歩き、滑車が歌い、ぼくの両腕でがんばった結果生まれた水だった。それは贈り物のように、心にいいものだった。ぼくが子どものころ、同じように、クリスマスツリーの明かりや、深夜ミサの音楽や、みんなの優しい笑顔のすべてが、ぼくのもらったクリスマスの贈り物を輝かせていたのだった。
 「きみの星の人たちは」 ちいさな王子は言った。「ひとつの庭に五千のバラを育ててる. . . それなのに自分たちの探してるものがそこに見つからないんだね. . . 」

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