SSブログ
-| 2016年10月 |2016年11月 ブログトップ
前の30件 | -

113

 これこそ、ぼくにとって、世界でいちばん美しく、いちばん悲しい風景だ。これは前のページと同じ風景だ。でもきみたちによく見てもらうために、もう一度描いた。ちいさな王子が地上に現れ、姿を消したのは、ここなんだ。
 もしいつか、きみたちがアフリカのこの砂漠を旅行するとき、ここが確かにわかるように、この風景を注意深く見ておいてほしい。そしてここを通ることがあったら、お願いだから急がないで、この星の下で少し待ってほしい! もしそのとき、ひとりの子どもがきみたちのところに来たら、笑ったら、金髪だったら、質問しても答えなかったら、きみたちはかれがだれだかわかるよね。そのときは、お願いしたい! ぼくをこんなに悲しいままにしておかないで、すぐに手紙を書いてほしい。かれが戻ってきたよ、と. . .

112

112.jpg

111

 まさにそれがとても重要な秘密なんだ。ぼくと同じようにちいさな王子が大好きなきみたちにとっても、ぼくにとっても、どこかわからない場所で、ぼくたちの知らない羊があるバラを食べたか食べないかで、この宇宙がすべて違ったものになってしまうんだ. . .
 空をごらん。考えてみて。「あの羊はあの花を食べてしまったのか、そうじゃないのか?」 そうしたら、きみたちはどんなにすべてが変るのか、わかるだろう. . .
 それなのに、大人は、それがどんなに重要なことか決してわからないだろう!

110

110.jpg

109

                    27

 そして今、確かにもう六年が過ぎた. . . ぼくはまだ一度もこの話をしたことがない。ぼくと再会した仲間たちは、生きてまた会えたことをとても喜んだ。ぼくは悲しかったが、かれらに言っていた。 「疲れているからね. . . 」
 今、すこし悲しみがやわらいでいる。つまり. . . 完全には消えていない。でもかれが自分の星に帰ったことを、ぼくはよく知っている。というのは、その夜明けには、かれの体が見つからなかったから。あまり重い体ではなかったことだし. . . だからぼくは夜、星たちに耳をすますのが大好きなんだ。それらは五億の鈴のようだ. . .
 ところで、大変なことが起きている。ぼくがちいさな王子に描いてあげた口輪に、革ひもをつけるのを忘れてしまった! かれは羊に口輪を決してつけられなかっただろう。そこでぼくは思う。( かれの星でなにが起きているのか? あの羊があの花を食べたかもしれない. . . )
 あるときはこう思う。( そんなことはないさ! ちいさな王子はあの花を毎晩、ガラスのおおいで守り、あの羊をよく見張っているのさ. . . ) それならぼくはうれしい。すべての星たちがやさしく笑っている。
 またあるときはこう思う。( だれでも一度や二度、うっかりすることがある。それだけでもうおしまいだ! かれがある晩、ガラスのおおいを忘れたら。あの羊が夜中に、そっと出かけたら. . . ) それですべての鈴は涙に変るんだ!. . .


108

108.jpg

 かれのくるぶしのあたりには、黄色い光がひらめいただけだった。かれは一瞬、動かないでいた。叫ばなかった。かれは木が倒れるように、ゆっくり、倒れた。音さえたてなかった。砂のせいで。

107

107.jpg

 「ねえ. . . ぼくの花. . . ぼくはあの花に責任があるんだ! あの花はとっても弱いんだ! とっても無邪気なんだ。世界から身をまもるのに、もっているのは取るにたりない四つのトゲだけなんだ. . . 」
 ぼくもすわった。もう立っていられなかったから。かれは言った。
 「これで. . . すべてさ. . . 」
 かれはまた少しためらったが、立ちあがった。一歩ふみだした。ぼくは、動くこともできないでいた。

106

 「ああ! きたんだ. . . 」
 かれはぼくの手をにぎった。しかしかれはまた苦しんだ。
 「きみはまちがえたよ。つらくなるよ。ぼくは死んだようになる。でもそれはほんとじゃないんだ. . . 」
 ぼくは、黙っていた。
 「わかるよね。遠すぎるんだ。ぼくは、この体をもっていけない。重すぎるんだ」
 ぼくは、黙っていた。
 「でもこれは、はがれた一枚の古い木の皮のようになるんだ。古い木の皮たち、というものは悲しくないよ. . . 」
 ぼくは、黙っていた。
 かれはちょっと気落ちした。けれどまた気をとりなおした。
 「すてきだろうね。ぼくも、星たちをながめるよ。すべての星たちが、さびたプーリーのついた井戸になるんだ。すべての星たちが、ぼくに水をついでくれるんだ. . . 」
 ぼくは、黙っていた。
 「それはとっても楽しいよ! きみは五億の鈴をもつ。ぼくは五億の泉をもつんだ. . . 」
 そしてかれも口をとざした。泣いていたから. . .

 「ここだよ。ぼくひとりで、一歩ふみださせて」
 それなのにかれはすわりこんだ。こわかったのだ。かれはまた言った。

105

 そのとききみは友だちに言うんだ。『そうだよ。ぼくは星を見るといつも笑うんだ!』 するとかれらは、きみの頭がおかしくなったと思うよ。ぼくはきみに、ひどいいたずらをしたことになるよね. . . 」
 そしてかれはまた笑った。
 「それは星たちのかわりに、ちいさな笑う鈴をいっぱいきみにあげたみたいだね. . . 」
 そしてかれはまた笑った。それからかれは真顔にもどった。
 「今夜. . . ねえ. . . こないで」
 「きみを離れないよ」
 「ぼく、病人みたいになる. . . すこし死んでいくようになる. . . そういうものさ。そんなの見にこないで。こなくていいから. . . 」
 「きみを離れないよ」
 でも王子は気にかけていた。
 「ぼくがこう言うのはね. . . ヘビのせいでもあるんだ。きみがヘビにかまれちゃいけないから. . . ヘビはあぶない。面白がってかむかもしれないんだ. . . 」
 「きみを離れないよ」
 しかしなにかしら、王子は安心した。
 「二度目にかむときは、ヘビには毒がもうないんだ. . . 」

 その夜、ぼくはかれが出ていくのに気づかなかった。かれはそっとぬけ出していた。ぼくがうまくかれに追いついたとき、かれは決心した様子で、足早に歩いていた。かれはぼくにただ言った。

104

 かれはまた笑った。
 「ああ! ぼうや、ぼうや、ぼくはこの笑い声を聞くのが大好きだよ!」
 「そう、これがぼくの贈り物さ. . . これはあの水と同じようなんだ. . . 」
 「どういうことなの?」
 「人はみんな星をもってるけど、そのもってる意味は同じじゃないんだ。旅行者にとって、星は案内人さ。ほかのある人にとって、星は小さな明かりにしかすぎない。学者たちにとって、星は課題さ。あのビジネスマンにとっては、黄金だった。でもそれら全部の星は黙ってるよ。きみはね、だれももってない星をもつんだ. . . 」
 「どういうことなの?」
 「きみが夜、空をながめるとき、星たちのひとつにぼくは住んでるから、星たちのひとつでぼくは笑ってるから、そのときは、きみにとってすべての星たちが、まるで笑ってるようになる。きみはね、笑うことができる星をもつんだよ!」
 そしてかれはまた笑った。
 「いつかきみの悲しみがやわらぐとき( やわらがない悲しみはないさ )ぼくと知りあってよかったと思うよ。きみはいつもぼくの友だちなんだ。きみはぼくといっしょに笑いたくなるよ。そういうとき窓をこんなふうに開けてよね、気晴らしに. . . きみの友だちは、きみが空をながめて笑ってるのを見て、とてもびっくりするだろうな。

103

 「今夜、ぼく、もっとこわいだろう. . . 」
 取りかえしがつかない気持ちから、ぼくはまた全身が凍るのを感じた。そしてこの笑い声がもう決して聞けなくなると思うだけで、ぼくはとても耐えられないことがわかった。 その笑い声はぼくにとって砂漠のなかの泉のようだった。
 「ぼうや、きみの笑い声がまた聞きたいんだ. . . 」
 でもかれはぼくに言った。
 「今夜で、一年になる。ぼくの星は去年ぼくが落ちてきた場所の、ちょうど真上にあるんだ. . . 」
 「ぼうや、ヘビのことも、会う約束も、星のことも、それらの話は悪い夢だよね. . . 」
 でもかれはぼくの質問に答えないで、ぼくに言った。
 「大切なもの、それは目に見えないんだ. . . 」
 「そうだね. . . 」
 「それはあの花と同じようだね。ある星に咲く一輪の花をきみが好きになると、夜、空をながめるのが心地よくなる。すべての星たちに花が咲くんだ」
 「そうだね. . . 」
 「それはあの水と同じようだね。きみがぼくに飲ませてくれた水は、滑車や綱のおかげで音楽のようだった. . . 覚えているよね. . . あれはいい水だったよ」
 「そうだね. . . 」
 「きみは、夜、星たちを、ながめるだろう。ぼくの星はちいさすぎて、どこにあるのかきみに教えられない。でもそのほうがいいんだ。ぼくの星はきみにとって、星たちのなかのひとつになるんだ。そのとき星たち全部をながめるのが好きになるさ. . . 星たちがみんなきみの友だちになるよ。それからきみに贈り物をあげる. . . 」

102

 「きみの機械の故障がわかって、ぼくはうれしいよ。きみはお家に帰れるんだ. . . 」
 「どうして知ってるの?」
 ぼくは意外にも作業がうまくいったことを、かれにちょうど知らせに来たところなんだ!
 かれはぼくの質問にはぜんぜん答えないで、つけ加えた。
 「ぼくもね、きょう、お家に帰るんだ. . . 」
 それから、悲しそうに言った。
 「そこは、きみより、はるかに遠いんだ. . . はるかに難しいんだ. . . 」
 ぼくは何かとんでもないことが起きているのを感じた。幼子(おさなご)のように、かれを両腕で抱きしめた。そうしても、かれを引きとめるすべもないままに、かれが底知れぬ深みへと、まっすぐ沈んでいくように思えてならなかった. . .
 かれの真剣なまなざしは、はるか遠くに向かっていた。
 「ぼくにはきみのくれた羊がいる。羊の箱もある。口輪もあるよ. . . 」
 そう言って悲しそうにほほ笑んだ。
 ぼくは長いあいだ待った。かれの体にすこしずつぬくもりが戻るのを感じていた。
 「ぼうや、こわかったんだね. . . 」
 もちろん、かれはこわかった! しかしかれは静かに笑った。

101

101.jpg

100

 ぼくはその塀から二十メートルのところに来た。それなのにまだ何も見えなかった。
 ちいさな王子は黙ったあと、また言った。 
 「きみの毒はよく効くの? ぼくを長く苦しませたりはしないよね?」
 ぼくははっとして立ちどまった。胸がしめつけられた。でもまだ何のことかわからなかった。
 「さあ、行きなよ」 かれは言った. . . 「ぼく、降りたいんだ!」
 そのとき塀の下のほうを見ると、ぼくは跳びあがった! そこにいた。ちいさな王子に向かって鎌首をもたげて。それは三十秒で人を殺す、あの黄色いヘビの一匹だった。ぼくは拳銃を出そうとして、ポケットをまさぐりながら駆けだしたが、その音でヘビは噴水が止まるように、静かに砂のなかに沈んでしまった。そして、たいして急ぎもしないで、軽い金属音をたてながら、石のあいだにうまく入りこんでいった。
 ぼくは塀にたどり着き、ぼくのかわいい王子を両腕で抱き支えるのにちょうど間に合った。王子は雪のように蒼白だった。
 「これはなんということなんだ! きみは今ではヘビと話すんだ!」
ぼくはかれがいつも首に巻いている金色のスカーフをほどいた。こめかみを湿らせ、水を飲ませた。それからもうなにもたずねる気になれなかった。かれは真剣にぼくを見つめると、かれの両腕をぼくの首に巻きつけてきた。ぼくはかれの胸の鼓動を感じた。それはカービン銃で撃たれて死んでいく鳥の鼓動のようだった。かれはぼくに言った。

99

 「きみは今、仕事をしなければならないんだ。きみの機械のところに、また行かなくちゃ。ここで待ってるから、あしたの夕方、戻ってきて. . . 」
 でもぼくは安心していなかった。あのキツネのことを思い出していた。なついてしまったら、ちょっと泣くかもしれないな. . .

                     26

 井戸の近くに、くずれかけた古い石塀があった。翌日の夕方、ぼくが作業から戻ると、かわいい王子がその塀の上にすわり、両足をおろしているのが遠くから見えた。しかもかれの話してる声も聞こえた。
 「きみはそれを覚えていないの? それはぜんぜんここじゃないよ!」
たぶん別の声がかれに答えた。というのはかれが言い返したから。
 「ちがう! ちがうよ! 日にちは確かに今日だけど、場所がここじゃないんだ. . . 」
 ぼくは塀のほうに歩き続けた。まだだれも見えないし、声も聞こえなかった。それでもちいさな王子はまた言い返した。
 「. . . もちろんさ。きみはぼくの足跡が、砂の上でどこから始まっているかわかるさ。きみはそこでぼくを待っていればいいんだ。ぼくは今夜そこに行くよ」

98

 「ああ! なんとかなるよ」 かれは言った。「子どもたちはわかるさ」
 そこでぼくは口輪をえんぴつで描いた。そしてそれをかれにあげるとき、ぼくは胸がしめつけられた。
 「きみにはぼくの知らない計画があるんだね. . . 」
 しかしかれはぼくに答えないで、こう言った。
 「ねえ、ぼくが地球に落ちてきて. . . あしたがその記念日なんだ. . . 」
 それから黙ったあとに、かれはまた言った。
 「ぼくはこのすぐ近くに落ちたんだ. . . 」
 そしてかれは顔を赤らめた。
 また、なぜかわからないまま、ぼくは奇妙な悲しみを感じた。けれどもある質問が頭に浮かんだ。
 「じゃあ偶然じゃなかったんだ。一週間前、ぼくがきみと知りあった朝、人の住んでいるすべての地域から、はるかに離れた所に、たったひとりで、あのように歩いていたのは! きみは落ちた地点に戻るところだったんだね?」
 ちいさな王子はまた顔を赤らめた。
 ぼくはためらいながら、つけ加えた。
 「たぶん、記念日が近かったからだね?. . . 」
 ちいさな王子はまたもや顔を赤らめた。かれは質問には決して答えなかったけれど、顔を赤らめたときは「そうだよ」を意味してるんだよね?
 「ああ!」ぼくはかれに言った。「ぼくは心配なんだ. . . 」
 しかしかれはぼくに答えた。

97

 「見つからないんだよ. . . 」 ぼくは答えた。
 「でもね、自分たちが探しているものは、たった一輪のバラや、ほんの少しの水のなかに見つけれるのに. . .」   
 「そうだね」 ぼくは答えた。
 そしてちいさな王子はつけ加えた。
 「でも目では見えないんだ。心で探さなくちゃいけない」

 ぼくは水を飲んで、とてもほっとしていた。夜明けの砂は蜜の色だ。ぼくはその蜜の色もまたうれしかった。なぜぼくは悲しく感じなければならなかったのか. . .
 「約束は守らなければね」 ちいさな王子はぼくに静かに言った。かれはまた、ぼくのそばにすわっていた。
 「なんの約束?」
 「ほら. . . ぼくの羊の口輪だよ. . . ぼくはあの花に責任があるんだ!」
 ぼくはポケットから絵の下書きを何枚か取り出した。ちいさな王子はそれらを見て、笑いながら言った。
 「きみのバオバブは、ちょっとキャベツみたいだ. . . 」
 「あー!」
 このぼくはバオバブの絵に、とても自信があったのに!
 「きみのキツネは. . . 耳が. . . ちょっと角みたいだ. . .長すぎるよ!」
 そしてかれはまた笑った。
 「きみは不公平だよ、ぼうや。ぼくはボアの内側と外側しか描けなかったんだよ」

96

 かれは笑い、その綱をつかみ、滑車を動かした。
 すると長いあいだ風に吹かれていない、古い風見鶏がきしむように、滑車はきしむ音をたてた。
 「聞こえるよね」 ちいさな王子は言った。「ぼくたちがこの井戸を起こしたんだ。それで井戸が歌ってる. . . 」
 ぼくはかれに無理してもらいたくなかった。
 「ぼくがするよ」 ぼくは言った。「きみには重すぎる」
 ゆっくりとぼくは桶を縁(ふち)石(いし)まで引きあげた。ぼくはそれをそこにしっかり置いた。ぼくの耳には滑車の歌が続いていて、まだゆれている水には太陽がゆらいでいた。
 「ぼくがほしかったのは、この水なんだ」 ちいさな王子は言った。「ぼくに飲ませて. . . 」
 そこでぼくはかれが探していたものがわかった!
 ぼくはかれの唇まで桶をもちあげた。かれは目を閉じて飲んだ。それは祝祭のように甘美だった。その水はまったく普通の水ではなかった。それは星空の下を歩き、滑車が歌い、ぼくの両腕でがんばった結果生まれた水だった。それは贈り物のように、心にいいものだった。ぼくが子どものころ、同じように、クリスマスツリーの明かりや、深夜ミサの音楽や、みんなの優しい笑顔のすべてが、ぼくのもらったクリスマスの贈り物を輝かせていたのだった。
 「きみの星の人たちは」 ちいさな王子は言った。「ひとつの庭に五千のバラを育ててる. . . それなのに自分たちの探してるものがそこに見つからないんだね. . . 」

95

95.jpg

94

かれのすこしひらいた唇がかすかに微笑みかけていたので、ぼくはまた思った。( この眠っているちいさな王子にそれほど強く感動するのは、一輪の花にかれが誠実だからだ。かれが眠っているときでさえ、一輪のバラの姿がランプの炎のように、かれのなかで光を放っている. . . ) そしてぼくはかれがなおいっそう壊れやすいことを感じた。ランプたちをしっかり守らなくてはならないんだ。突風がそれらをふき消すかもしれないから. . .
 こうしてぼくは歩きつづけ、夜明けには井戸を見つけた。


                     25

 「人間たちは」 ちいさな王子は言った。「特急列車に乗りこむけど、みんな自分がなにを探しているのか、もうわからないんだ。それでそわそわして、同じところをぐるぐる回っている. . . 」
 そしてつけ加えた。
 「そんなこと、しなくてもいいのに. . . 」
 ぼくたちが行き着いた井戸は、サハラ砂漠のほかの井戸と似ていなかった。サハラ砂漠の井戸は、砂を掘ったたんなる穴にすぎない。ぼくたちのその井戸は村の井戸に似ていた。でもそこには村がまったくなかった。ぼくは夢を見ていると思った。
 「へんだなあ」 ぼくはちいさな王子に言った。「すべてがそろってる。滑車も、桶も、綱も. . . 」

93

 ぼくは答えた。「そうだね」 そしてぼくは話をやめて、月明かりに照らされた砂の起伏をながめていた。
 「砂漠はきれいだな」 かれはつけ加えた。
まさにそれは本当だった。ぼくはずっと砂漠が好きなんだ。砂丘にすわる。なにも見えない。なにも聞こえない。なのに、なにかがひそかに光っている. . .
 「砂漠がきれいなのは」 ちいさな王子は言った。「それはどこかに井戸を隠しているからさ. . . 」
 砂からでる神秘的な光のことが突然わかって、ぼくはびっくりした。子どものころ、ぼくは古い家に住んでいて、宝物がそのどこかに埋められているという言い伝えがあった。もちろん、だれもそれを見つけられなかったし、たぶんそれを探そうとさえしなかった。だがそれは家全体に魔法をかけていたんだ。ぼくの家はその中心の奥底に秘密を隠していた. . .
 「そうだよ」 ぼくはちいさな王子に言った。「家でも星でも砂漠でも、それらをきれいにするものは目に見えないんだ!」
 「うれしいな」 かれは言った。「きみがぼくのキツネと同じ考えなので」
 ちいさな王子が眠りかけていたので、ぼくはかれを両腕で抱きあげ、また歩きだした。ぼくは胸がいっぱいになっていた。ぼくは壊れやすい宝物を抱きかかえているようだった。地球の上に、これより壊れやすいものはないとさえ思えた。ぼくは月の光に照らされた青白い額、閉じた目、風にゆれる髪の房を見つめていた。そして思った。( ぼくがここに見えるものは外見にしかすぎない。一番重要なものは目に見えない. . . )

92

 でもかれはぼくをじっと見つめて、ぼくの考えに答えた。
 「ぼくものどが渇いてる. . . 井戸を探そう. . . 」
 ぼくはもううんざりだという身ぶりをした。広大な砂漠のなかを、あてもなく井戸を探すのはばかげてる。それでも、ぼくたちは歩きだした。

 ぼくたちが何時間も黙って歩いていると、夜になり、星たちの明かりがともりはじめた。のどの渇きのせいですこし熱っぽかったので、ぼくは夢見心地で星たちを見ていた。ちいさな王子の言ったあの言葉が、ぼくの記憶のなかで踊っていた。 
 「じゃあ、きみものどが渇いてるんだね?」 ぼくはかれにたずねた。
 しかし、かれはぼくの質問に答えなかった。かれはただぼくに言った。
 「水は心にもいいものになれるよ. . . 」
 ぼくはかれの返事がわからなかった。でもぼくは口をとざした. . . かれに質問してはいけないということを、ぼくはよく知っていたから。
 かれは疲れていて、すわった。ぼくはかれのそばにすわった。そして沈黙のあと、かれはまた言った。
 「星たちはきれいだな。見えない一輪の花があるから. . . 」

91

91.jpg

 「じゃあその五十三分をどうするの」
 「したいことをすればいいのさ. . . 」
 ( ぼくなら ) ちいさな王子は思った。( 五十三分あれば、水飲み場の方へゆっくり歩いていくのに. . . )


                     24

 砂漠で飛行機が故障してから八日目だった。たくわえていた水の最後の一滴を飲みながら、ぼくはその商人の話を聞いていた。
 「ああ!」 ぼくはちいさな王子に言った。「とてもすてきだね、きみの思い出は。でもぼくの飛行機はまだ修理ができてないし、飲み水は全然ないんだ。だからぼくも同じように、水飲み場の方へゆっくり歩いていけたら、うれしいんだけどなあ!」
 「ぼくの友だちのキツネはね. . .」 かれはぼくに言った。
 「あのね、ぼうや、もうキツネどころじゃないんだよ!」
 「どうして?」
 「どうしてって、のどが渇いてもうすぐ死ぬんだから. . . 」
 かれはぼくの理屈を理解しないで、ぼくに答えた。
 「友だちをもったことはいいことなんだ、たとえもうすぐ死ぬにしても。ぼくはといえば、キツネと友だちになって、ほんとによかった. . . 」
 ( かれは危険がわからないんだ ) ぼくは思った。( かれ
は決して飢えたり、のどが渇いたりしない。かれにはすこしの日の光があれば充分なんだ. . . )

90

                      23

 「こんにちは」 ちいさな王子は言った。
 「こんにちは」 商人は言った。
 それはのどの渇きをいやすという、すごい薬を売る商人だった。一週間に一粒それを飲むと、もう水を飲みたいと思わなくなるという。
 「どうしてそんなもの売ってるの?」 ちいさな王子は言った。
 「これはたいへんな時間の節約になるからだよ」 商人は言った。「専門家が計算した。一週間に五十三分の節約になるのだよ」

89

転轍手は言った。「かれらを運ぶ列車を、右に左に送るんだよ」
 すると明かりのついた特急列車が、雷のように轟きながら、転轍小屋を震わせた。
 「かれらはとても急いでいるんだ」 ちいさな王子は言った。「なにを探してるんだろう?」
 「機関士自身も、それを知らないよ」 転轍手は言った。
すると反対方向にいく、明かりのついた二番目の特急列車が轟音をあげた。
 「もう戻ってくるの?」 ちいさな王子はたずねた. . .
 「あれはさっきの人たちじゃないよ」 転轍手は言った。「すれちがったんだ」
 「かれらは満足していなかったんだ。いったいかれらはどこにいたんだろう?」
 「自分のいる場所に満足している人は決していないよ」 転轍手は言った。
 すると明かりのついた三番目の特急列車の大音響が轟いた。
 「かれらは最初の旅行者たちを追いかけてるの?」 ちいさな王子はたずねた。
 「ぜんぜん追いかけてなんかいないさ」 転轍手は言った。「かれらは車内で眠っているか、それともあくびをしている。子どもたちだけが窓ガラスに鼻を押しつけているんだ」
 「子どもたちだけが、なにを探してるのか知ってるんだ」 ちいさな王子は言った。「かれらはぼろ人形に時間を失うから、その人形がとても大切になるんだ。だからもし人形を取りあげたら、かれらは泣くんだ. . . 」
 「子どもはうらやましい」 転轍手は言った。

88

 それからかれはキツネの方に戻った。
 「さよなら」 かれは言った。
 「さよなら」 キツネは言った。「ぼくの秘密だよ。とても簡単さ。心で見ないとよく見えない。大切なものは、目に見えないんだ」
 「大切なものは、目に見えない」 覚えておくために、ちいさな王子はくり返した。
 「きみのバラに失った時間こそが、きみのバラをそれほど大事なものにしたんだ」
 「ぼくのバラに失った時間こそが. . . 」 覚えておくために、ちいさな王子は言った。
 「人間たちはこの真理を忘れてしまっている」 キツネは言った。「だがきみはそれを忘れてはだめだ。きみがなつかせたものに対して、きみは永久に責任をもつことになる。きみのバラに、きみは責任がある. . . 」
 「ぼくのバラに、ぼくは責任がある. . . 」 覚えておくために、ちいさな王子はくり返した。


                     22

 「こんにちは」 ちいさな王子は言った。
 「こんにちは」 転(てん)轍手(てつしゅ)は言った。
 「ここでなにをしてるの?」 ちいさな王子は言った。
 「旅行者たちを千人ずつまとめて入れかえてるんだ」

87

 「バラたちにもう一度会いにいきなよ。きみのバラが世界で唯一のものだと、きみはわかるんだ。さよならを言いに戻ってきたら、おれはきみに秘密の贈り物をあげるよ」

 ちいさな王子はバラたちにもう一度会いにいった。
 「きみたちはぼくのバラとぜんぜん似てないね。まだなにものでもないんだ」 かれはバラたちに言った。「だれもきみたちをなつかせたことがないし、きみたちだって、だれもなつかせたことがないんだ。きみたちはぼくが会う前のキツネみたいだ。そのキツネは十万匹のキツネと同じ一匹のキツネでしかなかった。でもぼくはそのキツネと友だちになった。しかも今では世界で唯一のキツネなんだ」
 バラたちはとても気まずかった。
 「きみたちはきれいだ。でも中身はからっぽなんだ」 かれはまたバラたちに言った。「きみたちのためには死ねないんだ。もちろん、ぼくのあのバラだって通りすがりの人が見たら、きみたちと同じだと思うだろう。でもぼくのバラだけはきみたち全部より大切なんだ。だってあのバラなんだよ、ぼくが水をやったのは。あのバラなんだよ、ぼくがガラスのおおいをかぶせたのは。あのバラなんだよ、ぼくがついたてで守ったのは。あのバラなんだよ、ぼくが毛虫を殺したのは(チョウチョになる二、三匹は残したけど)。あのバラなんだよ、ぼくが不満や自慢やときどき沈黙でさえ耳をかたむけたのは。だってあれは、ぼくのバラなんだから」

86

 「決め事ってなに?」 ちいさな王子は言った。
 「これもあまりに忘れられていることだよ」 キツネは言った。「それは、ある日をほかの日と、ある時間をほかの時間と違ったものにすることさ。たとえば猟師たちのところには決め事がある。かれらは木曜日に村の娘たちとダンスをする。それで木曜日はすばらしい日になるんだ! おれはブドウ畑まで散歩にいく。もし猟師たちがいつと決めないでダンスをすると、毎日がみんな同じようになって、おれには休みがぜんぜんなくなってしまうんだ」

 こうしてちいさな王子はキツネをなつかせた。そして別れのときが近づいた。
 「ああ!」 キツネは言った。「おれ、泣いちゃうよ. . . 」
 「きみのせいだよ」 ちいさな王子は言った。「ぼくはきみを悪いようにしようなんて、ぜんぜん思ってなかったよ。きみがなつかせてくれって、ぼくに望んだんだ. . . 」
 「そうだよ」 キツネは言った。
 「でもきみ、泣きそうだね!」 ちいさな王子は言った。
 「そうだよ」 キツネは言った。
 「それじゃ、きみはなにもいいことなかったね!」
 「いいことあったよ」 キツネは言った。「小麦の色のおかげでね」
 それからキツネはつけ加えた。

85

85.jpg

84

だからきみがおれをなつかせたら、すばらしいことになるよ! 金色の小麦を見ると、おれはきみを思い出すだろう。しかもおれは麦を吹きわたる風の音も、好きになる. . . 」
 キツネは黙って、ちいさな王子を長いあいだ見つめた。
 「おねがい. . . おれをなつかせて!」 キツネは言った。
 「ぼくもそうしたいよ」 ちいさな王子は答えた。「でもぼくにはあまり時間がない。友だちを見つけなきゃならないし、知らなきゃならないことも、たくさんあるんだ」
 「なつかせたものしか、知ることはできないよ」 キツネは言った。「人間たちにはもう何かを知る時間がない。かれらは店でできあがったものを買う。でも友だちを売る商人はいないから、人間たちにはもう友だちがいないんだ。もし友だちがほしければ、おれをなつかせて!」
 「どうしたらいいの?」 ちいさな王子は言った。
 「辛抱がとても必要さ」 キツネが答えた。「最初きみはおれからすこし離れて、このように、草のなかにすわるんだ。おれは横目できみを見る。きみはなにも言っちゃいけない。言葉は誤解のもとだ。でも、毎日きみはすこしずつ近くにすわることができる. . . 」
 次の日ちいさな王子はまたやって来た。
 「同じ時間に来たほうがよかったのに」 キツネは言った。「たとえば、きみが午後四時に来るなら、三時になるとおれはうれしくなってくる。時間がたてばたつほど、おれはうれしさでいっぱいになってくる。四時には、もう、そわそわして心配して、おれって幸せだなと感じるんだ! でもきみがいつと決めないで来るなら、おれは何時に心の準備をしたらいいか、わからなくなる. . . 決め事が必要なんだ」

前の30件 | -
-|2016年10月 |2016年11月 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。