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 それほどきっちりお化粧した花は、あくびをしながら言った。
 「あー! 目がさめたばかりよ. . . ごめんなさい. . .
まだ、髪がとても乱れてて. . . 」
 ちいさな王子はそのとき感心して、ほめないわけにはいかなかった。
 「なんてきれいなんだろう!」
 「でしょう」 花はゆっくり答えた。
 「それにわたくし、お日さまといっしょに生まれましたの. . . 」
 ちいさな王子は花があまりひかえめでないことを見ぬいた。でも感動するほどきれいだった!
 「朝食のお時間ですわね」 花はまもなくつけ加えた。「わたくしのこと、考えていただけますでしょうか. . . 」
 ちいさな王子はすっかり恐縮して、冷たい水がはいったじょうろを取りにいってから、花にかけてあげた。

 そういうわけで、気分を害しやすく見栄をはりたがる花の性格によって、すぐに花はかれを苦しめていた。たとえばある日、花は自分の四つのトゲについて話しながら、ちいさな王子に言った。
 「爪のある虎がきても平気よ!」

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 「ぼくの星には虎はいません」、「それに虎は草を食べません」 ちいさな王子は言い返した。
 「わたくし、草じゃなくってよ」 花はゆっくり答えた。
 「ごめんなさい. . . 」
 「わたくし、虎なんかすこしもこわくないのよ。でも吹いてくる風が大嫌いなの。あなた、ついたてお持ちでなくって?」
 (吹いてくる風が嫌いだなんて. . . 植物なのに、ついてないね。この花はほんとに気難しい. . . ) ちいさな王子は思った。

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 「夕方、あなたは、わたくしに、ガラスのおおいをかぶせてくださいな。あなたのところって、とても寒いのね。設備が悪いんだわ。わたくしの出身地では. . . 」
 しかし花は口をつぐんでしまった。種の形で飛んできたのだから、ほかの世界をぜんぜん知ることができなかったんだ。そんな単純なうそをつこうとしたことに驚き、恥ずかしくなった花は、悪いのはちいさな王子の方だとするために二、三度咳払いした。
 「あのついたては? . . . 」
 「それを取りにいこうとしてたけど、あなたがぼくに話しかけたから!」
 そのとき花はやはりかれを後悔させるために、わざと咳払いした。

 そういうわけでちいさな王子は、恋しい気持ちとはうらはらに、すぐに花を疑うようになってしまった。かれはたいしたことでもない言葉をまじめに受けとって、とても不幸になってしまった。
 「あの花の言うことを聞くべきじゃなかったんだ」かれはある日ぼくに打ちあけた。「花の言うことを決して聞いちゃいけない。花はながめたり香りをかぐべきものなんだ。ぼくの花はぼくの星をいい香りでつつんでいたけど、ぼくはその香りを楽しむことができなかった。ぼくをとてもいらいらさせたあの爪の話も、ぼくを感動させるはずだったのかもしれない. . . 」

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 かれはぼくにもっと打ちあけた。
 「ぼくはあの頃ぜんぜんわかっていなかったんだ! 花の言った言葉ではなく、してくれたことであの花を判断すべきだった。あの花はぼくを香りでつつみ、明るくしてくれていた。ぼくは決して逃げだすべきじゃなかった! あわれなうその後ろにある、あの花のやさしさをぼくは見ぬくべきだった。花ってそれほど矛盾してるんだ! でもぼくはちいさすぎて、どのようにあの花を愛したらいいかわからなかった」

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 ちいさな王子が逃避するために野生の鳥たちの渡りを利用したとぼくは思う。出発の朝、かれは自分の星をしっかりかたづけた。丁寧に活火山のすす払いをした。かれは活火山をふたつもっていた。それは朝食を温めるのにとても便利だった。死火山もひとつもっていた。しかしかれが言っていたように「先のことはだれもわからない!」 だから死火山も同じくすす払いをした。すす払いをきちんとすれば火山は穏やかに、規則正しく活動し、噴火しない。火山の噴火は煙突から火花が出るようなものだ。もちろん地球上ではぼくたちはあまりに小さすぎて火山のすす払いはできない。それで火山は多くの厄介事をひきおこすんだ。
 ちいさな王子は少し憂鬱そうに、バオバブの新しい芽も引きぬいた。かれはもう二度と戻るべきじゃないと思っていた。でもそれらのやりなれた仕事のすべてが、その朝かれにはきわめて甘美なものに思われた。そして最後にもう一度花に水をやり、ガラスのおおいで花をまもる準備をしていたとき、かれは泣き出したい気持ちになった。
 「さよなら」 かれは花に言った。
 しかし花は答えなかった。
 「さよなら」 かれはくり返した。
 花は咳をした。でもそれは風邪をひいているからではなかった。

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 「わたくし、ばかでした」 やっと花はかれに言った。「ゆるしてね。お幸せになって」
 非難しないので、かれはびっくりした。ガラスのおおいをもったまま、すっかりとまどって、そこに立ちつくしていた。かれはその穏やかなやさしさが、わからなかった。
 「もちろん、わたくし、あなたが好きよ」花は言った。「わたくしのせいで、あなたはそのことをぜんぜん気づかなかったのね。そんなことはどうでもいいわ。でもあなたもわたくしと同じくらいお馬鹿だったのよ。お幸せになって. . . そのガラスのおおい、そのままにしておいて。もういらないわ」
 「でも、風が. . . 」
 「わたしの風邪はそんなにひどくないの. . . 夜の涼しい風に吹かれると元気になるでしょう。わたくし、花ですもの」
 「でも、虫たちが. . . 」
 「毛虫の二、三匹は我慢しなくちゃ。チョウチョたちと知りあいになりたければね。チョウチョはとってもきれいらしいわ。そうしなければ、だれがわたくしを訪ねるの? 遠くにいくんでしょう、あなたは。大きなけものも、ぜんぜんこわくないわ。わたくし、爪があるんです」
 そして花は無邪気に四つのトゲを見せた。それからつけ加えた。
 「そんなにぐずぐずしないで。いらいらするわ。行くって決めたんだから、お行き」
 花は泣くところを見られたくなかったんだ。それほど強気な花だった。

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 かれは小惑星325,326,327,328,329、330のあたりに来ていた。そこですることを探し、学ぶために、かれはそれらの星を訪ねはじめた。
 最初の星には王さまが住んでいた。その王さまは深紅の服に白テンの毛皮を着て、とても簡素だが威厳のある玉座にすわっていた。
 「ああ、臣民が来たな!」 王さまがちいさな王子を見たとき大声で言った。
 ちいさな王子は不思議に思った。
 (かれはぼくに一度も会ってないのに、どうしてぼくのことがわかったんだろう!)
 王さまたちにとって、世界はとても単純にできていることを王子は知らなかった。すべての人間は臣民なのだ。
 「ちこう寄れ。よく見えるように」 ついにだれかの王さまになって、まったく鼻高々の王さまはかれに言った。
 ちいさな王子は目ですわるところを探したが、その星はすばらしい白テンのコートですっかりおおわれていた。だからかれは立ったままでいた。そして疲れていたのであくびをした。
 「王の面前であくびをするとは、礼儀作法に反する。おまえにあくびを禁止する」 王さまは言った。
 「あくびを我慢できませんでした」 ちいさな王子はすっかり恐縮して答えた。「ぼくは長旅をしてきて、眠っていなかったので. . . 」

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 「ならば、おまえにあくびを命じる」 王さまは言った。「わしは何年も前から、人があくびをするのを見たことがない。あくびはわしにとって好奇心をそそるものじゃ。さあ! もう一度あくびをしたまえ。命令じゃ」
 「気おくれして. . . もうできません. . . 」 ちいさな王子はすっかり顔を赤らめて言った。
 「ふむ! ふむ!」 王さまは答えた。「それでは、わし. . .わしがおまえに命じる。あるときはあくびをし、あるときは. . . 」
 王さまは早口になり少し口ごもり、気を悪くしたように見えた。
 なぜなら王さまは自分の権威が尊重されることを、どうしてもこだわっていたからだ。命令に従わないことは許しがたい絶対君主だった。しかしかれはとてもお人よしだったから、道理をわきまえた命令を下していたのだ。
 王さまはよく言っていた。「もしわしが将軍に海鳥になれと命じて、その将軍が従わないのならば、その将軍が悪いのではなかろう。それはわしが悪いのであろう」
 「すわっても、いいでしょうか?」 ちいさな王子は遠慮がちにたずねた。
 「すわるよう命じる」 王さまは答えた。そして白テンのコートのすそを、おごそかに引きよせた。
 ところでちいさな王子は意外に思っていた。その星はきわめて小さかった。いったいなにを王さまは統治できるんだろうか?

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 「陛下. . . おたずねしたいことがありますが. . . 」
 「たずねることを命じる」 王さまは急いで言った。
 「陛下. . . なにを統治していらっしゃるんですか?」
 「すべてじゃ」 きわめて簡単に王さまは答えた。
 「すべて?」
 王さまはさりげなく自分の星とほかの星たちを指さした。
 「あれらすべてですか?」 ちいさな王子は言った。
 「あれらすべてじゃ. . . 」 王さまは答えた。
 なぜなら王さまは絶対君主であっただけでなく、宇宙の君主でもあったのだから。
 「じゃあ、星たちは陛下に従うんですか?」
 「もちろんじゃ」 王さまは言った。「みんなすぐに従うぞ。わしは不服従を許さん」
 そのような権力にちいさな王子は驚いた。もし王子自身がそのような権力をもっていたなら、同じ日に自分のいすを決して引かずに夕日を四十四回どころか、七十二回でも、百回や二百回でさえ見ることがでただろうに! そしてかれが見捨てた小さな星を思い出して、少し悲しくなったので、思いきって王さまにお願いしてみた。
 「ぼくは夕日が見たいんです. . . ぼくを喜ばせてください. . . お日さまに沈むように命じてください. . . 」
 「わしがもし将軍に蝶のように花から花へと飛ぶようにとか、悲劇を書けとか、海鳥になれとか命じて、その将軍が命令を実行しないのならば、かれとわしのどちらが間違っているのじゃ?」

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 「それは陛下でしょう」 ちいさな王子はしっかり言った。
 「そのとおり。それぞれができることを、それぞれに要求しなければならない」 王さまはつづけた。「権威というものは、まず道理に基づいている。もしおまえが国民に、海に身を投げよと命じたら、革命になる。わしの命令が道理に基づいているから、わしには服従を求める権利があるのじゃ」
 「ところで、お願いした夕日は?」 ちいさな王子はかさねて言った。かれは一度質問したら決して忘れなかった。
 「おまえの言った夕日は、見せよう。わしがそれを要求しよう。しかしわしは統治するコツを重視するからのう。だから状況がよくなるまで待とう」
 「それはいつになりますか?」 ちいさな王子はたずねた。
 「さて!さて!」 王さまはかれに答えた。そしてまず大きな暦を調べた。「さて!さて! それは. . . だいたい. . . だいたい. . . 今晩の七時四十分ころじゃ! そのときどんなにわしの命令がよく守られているか、おまえにもわかるじゃろう」
 ちいさな王子はあくびした。かれは夕日を見そこなって残念だった。それにちょっともう退屈してきた。
 「ぼくはここでなにもすることがありません」 かれは王さまに言った。「また出発します!」
 「出発はならぬ」 王さまは答えた。臣民をもてて自慢だったのだ。「出発はならぬ。きみを大臣にしてやろう!」

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 「なんの大臣に?」
 「うーん. . . 法務大臣にだ!」
 「でも裁判にかける人はだれもいません!」
 「それはわからんよ」 王さまはかれに言った。「わしはまだわが王国をひと回りしていないのだ。わしはたいへん年をとったし、馬車をおく場所もない。歩くのは疲れるのじゃ」
 「ああ! でも、ぼくはもう見ちゃいました」 ちいさな王子は言った。かれは身を乗りだして、星の反対側をまたちらっと見た。「あちら側も、だれもいません. . . 」
 「ではおまえが自分自身を裁くがよい」 王さまはかれに答えた。「それは最も難しいぞ。他人を裁くより自分を裁くほうがずっと難しい。もしおまえが自分をちゃんと裁くなら、それはおまえが本当に賢者であるからじゃ」
 「ぼくは」 ちいさな王子は言った。「どこにいたって自分自身を裁けます。ここに住む必要はありません」
 「えへん!えへん!」 王さまは言った。「わしの星のどこかに年取ったねずみがおると思う。夜その音がするんじゃ。おまえはそのねずみを裁いてよい。ときどき死刑の判決を出す。したがって、ねずみの命はおまえの判決しだいになるだろう。しかしねずみの命は大切じゃから、そのつど恩赦を与える。ねずみは一匹しかおらんからのう」
 「ぼくは」 ちいさな王子は答えた。「死刑の宣告はいやです。ぼく、もう行きます」

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 「ならぬ」 王さまは言った。
しかしちいさな王子は準備をおえていて、年とった君主にもうつらい思いをさせたくなかった。
 「もし陛下がちゃんと命令に従うことをお望みなら、もっともな命令をお出しください。たとえば一分以内に出発せよ、という命令みたいに。ぼくには状況がよくなってると思えますが. . . 」
 王さまがなにも答えなかったので、ちいさな王子は最初ためらっていたが、ため息をついて、出発した. . .
 「わしはおまえを大使にするぞ」 そのとき王さまは急いで叫んだ。
 かれは威厳のある、もったいぶった様子だった。
 ( 大人ってとても変だ ) ちいさな王子は旅を続けながら思った。



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 二番目の星には、うぬぼれ屋が住んでいた。
 「あー! あー! わたしをほめる人が来たぞ!」 ちいさな王子を見かけるとすぐに、うぬぼれ屋は遠くから叫んだ。
 というのも、うぬぼれ屋にとって他人はみんな自分をほめる人なんだ。
 「こんにちは」 ちいさな王子は言った。「変わった帽子をかぶってるんだね」

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 「これは挨拶するためにある」 うぬぼれ屋は答えた。「喝采を受けたとき挨拶するためにあるんだ。残念ながらだれもここを通らないのだが」
 「ああ、そうなの?」 ちいさな王子はわからないまま言った。
 「拍手してよ」 うぬぼれ屋はすすめた。
 ちいさな王子は手をたたいた。うぬぼれ屋は帽子をもちあげて謙虚に挨拶した。
 ( これって、王さまのときより楽しいな ) ちいさな王子は思った。そしてまた手をたたきはじめた。うぬぼれ屋はまた帽子をもちあげて挨拶しはじめた。
 五分もそうしていたら単調な遊びだったので、ちいさな王子は飽きてきた。
 「それで、帽子をおろしてしまうには、なにをしなくちゃいけないの?」 かれは聞いた。
 しかし、うぬぼれ屋はかれの話を聞いていなかった。うぬぼれ屋というのは、ほめ言葉しか耳に入らないのだ。
 「きみは本当に、わたしに敬服しているのかな?」 かれはちいさな王子にたずねた。
 「敬服って、どんな意味?」
 「敬服はね、わたしがこの星で一番ハンサムで一番いい服を着て一番お金持ちで一番頭がいい、ということを認めることだよ」

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 「でもこの星には、あなたしかいないよ!」
 「あの楽しみをしておくれ。それでも敬服しておくれ!」
 「敬服するよ」 両肩をちょっとすくめて、ちいさな王子は言った。「でもそれがどうしてそんなに大事なの?」
 そして、ちいさな王子は立ち去った。
 ( 大人って確かに変だ ) かれは旅を続けながら、ただそう思った。


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 次の星には、酒飲みが住んでいた。その訪問はとても短かったが、ちいさな王子は大きな憂鬱をかかえてしまった。
 「そこでなにをしてるの?」 酒飲みに聞いた。かれはたくさんの空のビンとたくさんの酒のはいったビンの前で、黙ってすわっていた。
 「酒を飲んでるんだ」 酒飲みが沈痛な雰囲気で答えた。
 「どうして酒を飲んでるの?」 ちいさな王子はたずねた。
 「忘れるためだ」 酒飲みは答えた。
 「なにを忘れるためなの?」 ちいさな王子はたずねた。もうかれを哀れんでいた。
 「恥ずかしさを忘れるためだ」 酒飲みはうつむきながら打ちあけた。
 「なにが恥ずかしいの?」 ちいさな王子はかれを助けたいと思ってたずねた。

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 「酒を飲むのが恥ずかしいんだ!」 酒飲みは話しおえて、沈黙のなかに完全に引きこもった。
 ちいさな王子はとまどいながら立ち去った。
 ( 大人って確かに、とってもとっても変だ ) かれは旅を続けながら思った。


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 四番目の星はビジネスマンの星だった。その男はとても忙しくて、ちいさな王子がやってきても顔をあげさえしなかった。
 「こんにちは」 王子は言った。「タバコの火が消えてますよ」
 「三たす二は五。五たす七は十二。十二たす三は十五。こんにちは。十五たす七は二十二。二十二たす六は二十八。タバコに火をつけなおす時間がない。二十六たす五は三十一。ふう! 五億百六十二万二千七百三十一になった」
 「五億ってなにが?」
 「えっ? まだそこにいたの? 五億百万. . . わからん. . . 仕事がたくさんあるんだ! おれはちゃんとやる男だ。無駄話なんかしない! 二たす五は七. . . 」
 「五億ってなにが?」 ちいさな王子はくり返した。一度した質問は決してあきらめなかった。
 ビジネスマンは顔をあげた。

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 「この星に住んで五十四年間、三回しか邪魔されてない。
 最初は二十二年前、どこからかコガネムシが落ちてきた。それはブンブンひどい音をたてて、四回たし算をまちがえた。 二度目は十一年前、リューマチの発作がおきた。運動不足だった。散歩するひまがない。おれはちゃんとやる男なんだ。三度目は. . . 今回だ! さて五億百万. . . だったか. . . 」
 「五億ってなにが?」
 ビジネスマンはもう静かにしてもらえないことを理解した。
 「なにが五億って、ときどき空に見える、あの小さいものだよ」
 「ハエ?」
 「違う。 きらきら光る小さいものだ」
 「ハチ?」
 「違う。 怠け者に夢を見させる金色で小さいものだ。しかしおれはちゃんとやる男なんだ! 夢を見てるひまなんかない」
 「ああ! 星だね?」
 「そうさ。星だよ」
 「それで、五億の星をどうするの?」
 「五億百六十二万二千七百三十一。おれはちゃんとやる男なんだ。おれは几帳面なんだ」
 「その星たちをどうするの?」
 「どうするかって?」
 「そう」
 「どうもしないよ。おれはそれらを所有してるんだ」

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 「星たちを所有してるの?」
 「そうだ」
 「でも、ぼくは前に王さまに会って. . . 」
 「王さまというのは所有しない。かれらは『支配する』のだ。これはたいへん違う」
 「じゃあ星たちを所有すると、なんの役にたつの?」
 「おれが金持ちになるのに役にたつ」
 「じゃあ金持ちになると、なんの役にたつの?」
 「ほかの星が買える。だれかがそれを見つけたらな」
 ちいさな王子は思った。( この人はあの酒飲みのような理屈をすこし言ってる ) 
 けれども、さらに質問した。
 「どうしたら星たちを所有できるの?」
 「それらはだれのものなんだ?」 ビジネスマンは気むずかしげに聞き返した。
 「知らない。だれのものでもない」
 「じゃあおれのものだ。おれが最初に所有することを考えたから」
 「それで充分なの?」
 「もちろんだ。だれのものでもないダイヤモンドをきみが見つけたら、それはきみのものだ。だれのものでもない島をきみが見つけたら、それはきみのものだ。最初にアイデアをきみが思いついたら、特許をとる。それはきみのものだ。そしておれはといえば、星たちを所有してるんだ。おれより先にそれらを所有しようと考えた人がだれもいなかったからだ」

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 「それはそうだね」 ちいさな王子は言った。「それで星たちをどうするの?」
 「おれはそれらを管理している。それらを数える。また数えなおす」 ビジネスマンは言った。「これは難しい。だがおれはちゃんとやる男だ!」
 ちいさな王子はまだ納得していなかった。
 「ぼくはね、もしスカーフを所有してたら、首にまいてもち歩ける。もし一輪の花を所有してたら、それを摘んでもち歩ける。でも星たちは摘めないよ!」
 「そう。だがそれらを銀行にあずけられる」
 「それ、どういう意味?」
 「それはちいさい紙に星の数を書くことだ。そしてその紙を引き出しのなかにいれて鍵をかけるのさ」
 「それですべて?」
 「それで充分だ!」
 ( これはおもしろい ) ちいさな王子は思った。 ( けっこう詩的だけど、大事ということではないね )
 ちいさな王子は大事なことについて、大人たちとたいへん違う考えをもっていた。
 「ぼくはね」 ちいさな王子はふたたび言った。「ぼくは一輪の花を所有していて、毎日水をやっていた。三つの火山を所有していて、毎週すす払いをしていた。死火山もすす払いをしたのは、先のことはだれもわからないから。ぼくがそれらを所有していることは、ぼくの火山に役にたつし、ぼくの花にも役にたつんだ。でもあなたは星たちの役にたってないよ. . . 」

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 ビジネスマンは口をひらいたが、返事がぜんぜん見つからなかった。そこでちいさな王子は立ち去った。
 ( 大人って確かに、まったく奇妙だ ) かれは旅を続けながら、ただそう思った。


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 五番目の星はとても変わっていた。それはすべての星のなかで一番小さかった。そこは一本の街灯とひとりの点灯人のための場所しかなかった。天体のどこかの、家も住人もいない星で、街灯と点灯人がなんの役にたつのか、ちいさな王子にはなかなかわからなかった。それでもかれは考えた。
 ( きっとこの人もわけがわからない人かもしれない。でもかれは王さまやうぬぼれ屋やビジネスマンや酒飲みより、わけがわからないことはない。少なくともかれの仕事には意味がある。かれが街灯をともすと、星をさらにひとつ、花をさらに一輪、かれが生みだすようなものだ。かれが街灯を消すと、花や星は眠るんだ。これはとてもすてきな仕事だね。すてきだから、ほんとうに役にたっているんだ )

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 かれがその星に着くと、点灯人に敬意をこめてあいさつした。
 「おはよう。どうしていま街灯を消したの?」
 「指示なんだよ」 点灯人は答えた。「おはよう」
 「指示ってなに?」
 「街灯を消すことだよ。こんばんは」
 そしてかれは街灯を再びともした。
 「でも、どうしていまそれを再びともしたの?」
 「指示なんだよ」 点灯人は答えた。
 「ぼくは理解できない」 ちいさな王子は言った。
 「理解できなくていい」 点灯人は言った。「指示は指示なんだ。おはよう」
 そしてかれは街灯を消した。
 それからかれは赤いチェックのハンカチでひたいをふいた。
 「ひどい仕事なんだよ。以前はもっとましだった。朝に消して、晩にともす。昼は休みがあったし、夜も眠れた. . . 」
 「じゃ、そのあと指示が変わったの?」
 「指示は変わっていない」 点灯人は言った。「悲劇はそこにあるんだ! この星は年々ますます速く回っているのに、指示は変わっていない!」
 「それで?」 ちいさな王子は言った。
 「それで、いまこの星は一分間に一回転する。わたしには一秒も休みがない。一分ごとにともしたり消したりするんだ!」

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 「それっておかしいよ! この星は一日が一分なんだ!」
 「ぜんぜんおかしくないよ」 点灯人は言った。「いっしょに話してから、もう一ヶ月たってるよ」
 「一ヶ月?」
 「そう。三十分。三十日! こんばんは」
 そしてかれは街灯をともした。
 ちいさな王子はかれを見て、指示にそれほど忠実な点灯人が好きになった。かれは以前、いすを引っぱって夕日を追いもとめていたことを思い出した。かれの友だちを助けたいと思った。
 「ねえ. . . ぼく、休みたいとき休む方法を知ってるんだ. . . 」
 「いつでも休みたいよ」 点灯人は言った。
 人は忠実であると同時に怠け者でもありえるんだからね。ちいさな王子は続けて言った。
 「きみの星はとてもちいさいから、三歩大股で歩けば一周できる。かなりゆっくり歩くだけで、いつも日のあたるところにいられる。休みたいときは、歩けばいい. . . そうしたら、すきなだけ昼間が続くよ」
 「それは大して役にたたない」 点灯人は言った。「わたしの人生で好きなこと、それは眠ることなんだ」
 「しかたがないね」 ちいさな王子は言った。
 「しかたがないよ」 点灯人は言った。「おはよう」
 そしてかれは街灯を消した。

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 ちいさな王子はさらに遠くに旅を続けながら思った。 ( あの人はほかのみんなから軽蔑されるだろう。王さまからも、うぬぼれ屋からも、酒飲みからも、ビジネスマンからも。にもかかわらず、滑稽に思われない唯一の人だ。それはたぶん、あの人がかれ自身以外のことに携わっているからだろう )
 ちいさな王子は未練がましくため息をつき、さらに思った。
 ( あの人はぼく の友だちになれたかもしれない唯一の人なのに。でもかれの星は本当に小さすぎる。二人分の場所はないんだ. . . )
 ちいさな王子があえて認めたくなかったこと、それはとりわけ二十四時間に千四百四十回、夕日を見られるという恵みのあるその星に、未練を残していたことだった!


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 六番目の星は十倍も広い星だった。そこには年とった紳士が住んでいて、とても大きな本を書いていた。
 「おや! 探検家が来たな!」 かれはちいさな王子を見かけると叫んだ。
 ちいさな王子はテーブルの上にすわって、すこし一服した。かれはずいぶん旅をしてきたんだ!
 「どこから来たんじゃ?」 年とった紳士はかれに言った。

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 「このぶ厚い本はなに?」 ちいさな王子は言った。「ここでなにをしてるの?」
 「わしは地理学者じゃ」 年とった紳士は言った。
 「地理学者ってなに?」
 「海や川や町や山や砂漠がどこにあるのか知っている学者のことじゃ」
 「それってとっても面白そうだ」 ちいさな王子は言った。「これこそ本当の仕事なんだ!」 そして地理学者の星をちらっと見まわした。こんなに威厳のある星を、いままで見たことがなかった。
 「きれいだな、あなたの星は。大きな海はありますか?」
 「わからんのじゃ」 地理学者は言った。
 「ああ! (ちいさな王子はがっかりした) じゃあ山は?」
 「わからんよ」 地理学者は言った。
 「じゃあ町や川や砂漠は?」
 「それもわからんのじゃ」 地理学者は言った。
 「でもあなたは地理学者でしょ!」
 「そのとおりじゃ」 地理学者は言った。「しかしわしは探検家じゃない。探検家がまったく不足しておる。町や川や山や海や大洋や砂漠の報告をすることなんか地理学者はしない。地理学者はとても偉いから、ぶらぶら歩かないのじゃ。研究室を離れずにおる。だが探検家たちをそこに迎える。かれらにたずねて、かれらの記憶をノートにとる。そしてかれらのなかの一人の記憶に興味が引かれたら、地理学者はその探検家がおこないのよい人かどうか、調査させるんじゃ」

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 「どうしてそうなの?」
 「うそをつく探検家は地理の本に大惨事をもたらすんじゃ。大酒飲みの探検家も然りじゃ」
 「どうしてそうなの?」 ちいさな王子は言った。
 「酔っぱらいは物が二重に見えるからじゃ。それで地理学者は山が一つしかないところに、二つと書きとめてしまうじゃろう」
 「ぼく、ある人を知ってるよ」 ちいさな王子は言った。「その人はわるい探検家になりそうだ」
 「そうかもな。さて、探検家の品行がよいと思われたら、かれの発見について調査するんじゃ」
 「見にいくの?」
 「いやいかん。それは大儀じゃ。だが、探検家に証拠の提出を求める。たとえばその発見が大きな山の場合、そこから大きな石をもってこさせるんじゃ」
地理学者は急に興奮しだした。
 「ところできみ、遠くから来たんだよね! 探検家だよね! わしにきみの星のことを述べてくれ!」
 そして地理学者は登録簿をひらいて、鉛筆を削った。まず探検者の話を鉛筆で書きとめる。その探検家が証拠を提出するのを待って、インクで清書する。
 「それでは?」 地理学者は質問した。
 「えっと、ぼくのところは」 ちいさな王子は言った。「あまりおもしろくないよ。とってもちいさいんだ。火山が三つあって、二つは活火山で一つは死火山なんだ。でも先のことはだれもわからない」

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 「だれもわからないんじゃ」 地理学者は言った。
 「花も一輪あるよ」
 「わしらは花なぞ書きとめないんじゃ」 地理学者は言った。
 「どうしてさ! 一番きれいなんだよ!」
 「花というものは、はかないものなんじゃ」
 「『はかない』ってどんな意味?」
 「地理学書というものは」 地理学者は言った。「あらゆる書物のなかで最も確かなものじゃ。それは決して時代遅れにならない。山が場所をかえるのはまれじゃ。大海の水がからになるのもまれじゃ。わしらは永遠なるものを書いておる」
 「でも死火山は目を覚ますかもしれないよ」 ちいさな王子は話をさえぎった。「『はかない』ってどんな意味?」
 「火山が消えていようと目を覚ましていようと、わしらにとっては同じことじゃ」 地理学者は言った。「わしらにとって重要なのは山なんじゃ。それは変化しない」
 「ところで『はかない』ってどんな意味?」 ちいさな王子はくり返した。一度した質問は決してあきらめなかった。
 「それは『いずれ消えてなくなる』という意味じゃ」
 「ぼくの花はいずれ消えてなくなるの?」
 「もちろんじゃ」
 ( ぼくの花は、はかないんだ ) ちいさな王子は思った。

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 ( その花は世界から身を守るために、四つのトゲしか持っていない! それなのにぼくは、花をひとりぼっちのまま星に残してきたんだ!)
 それがまさにかれの最初の後悔だった。でもかれは気力を取り戻した。
 「これからどこを訪問したらいいですか?」 かれはたずねた。
 「地球という星じゃな」 地理学者は答えた。「そこは評判もよいし. . . 」
 そこでちいさな王子は、かれの花のことを思いながら、立ち去った。

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 七番目の星は、そんなわけで、地球だった。
 地球はありきたりの星ではない! そこには百十一人の王さま( もちろん黒人の王さまも忘れずに入っているよ )、七千人の地理学者、九十万人のビジネスマン、七百五十万人の酔っぱらい、三億千百万人のうぬぼれ屋、つまり約二十億人の大人たちがいるのさ。
地球の大きさを大体わかってもらうために、ぼくはきみたちに言おう。電気が発明される前は、六大陸まとめて、四十六万二千五百十一人という、一個の軍隊ほどの点灯人を維持する必要があった。
 すこし遠くから見ると、それはすばらしい光景だった。その軍隊の動きはオペラのバレーの動きのように規則的だった。最初はニュージーランドとオーストラリアの点灯人たちの番がくる。そしてかれらは街灯に火をともすと、眠りにいった。そのころ今度は中国とシベリアの点灯人たちの番となり、踊り始めた。そしてかれらも舞台裏に消えていく。そのころロシアとインドの点灯人たちの番がくる。次にアフリカとヨーロッパの点灯人たち。次に南アメリカの点灯人たち。次に北アメリカの点灯人たち。しかも決してかれらは舞台に登場する順番を間違えなかった。それは壮大だった。
 北極にある唯一の街灯の点灯人と、南極にある唯一の街灯の点灯人だけは、暇でのんきな生活を送っていた。かれらは年に二回だけ仕事をしていたんだ。

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 ひとは才気をひけらかそうとすると、すこしうそが混じることがある。街灯の点灯人たちについてきみたちに話しながら、ぼくはあまり正直じゃなかった。ぼくたちの星を知らない人たちに間違った考えを与える危険がある。人間たちは地球上でほんのわずかしか場所を占めていない。地球にいる二十億の住人たちが、政治集会のときのように立ったままですこし詰めあうならば、長さ二十マイル幅二十マイルの広場に容易に収まるだろう。太平洋の一番小さい島にだって人類を詰めこむことができるだろう。
 大人たちはもちろんこれを信じないだろう。かれらは場所をたくさんとっていると思い込んでいる。自分たちをバオバブのように偉いものだと思っている。だからかれらに計算するように言ってみたらいい。かれらは数字が大好きだから、それはきっと気に入るよ。でもそんな退屈なことで、きみたちの時間を失ってはいけないよ。それは無駄なことだ。きみたちはぼくを信用していると思うから言うんだ。
 さて、ちいさな王子は地球に着くと、だれにも会わないのでとてもびっくりした。かれは星を間違えてしまったのかと、それだけで心配していた。そのとき月の色の輪が砂のなかで動いた。
 「こんばんは」 ちいさな王子は念のため言った。

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 「こんばんは」 ヘビは言った。
 「どの星にぼくは落ちたんだろう?」 ちいさな王子はたずねた。
 「地球だよ。アフリカだ」 ヘビは答えた。
 「ああ!. . . それじゃあ地球にはだれもいないの?」
 「ここは砂漠だ。砂漠にはだれもいないよ。地球は大きいんだ」 ヘビは言った。
 ちいさな王子は岩のうえにすわって、空を見あげた。
 「だれもがいつか自分の星に帰れるように、星たちは光っているのかな。ぼくの星を見てごらん。ぼくたちの真上にある. . . でもなんて遠いんだろう!」
 「あの星はきれいだ」 ヘビは言った。「きみはここになにしに来たんだ?」
 「ぼくは花と難しいことがあったんだ」 ちいさな王子は言った。
 「ああ!」 ヘビは言った。
 そしてかれらは口をとざした。
 「人間たちはどこにいるの?」 ちいさな王子はやっと口をひらいた。「砂漠にいるとすこし孤独だね. . . 」
 「人間たちのところにいても孤独だよ」 ヘビは言った。
 ちいさな王子はヘビをじっと見つめて、ついに言った。
 「きみは変わった動物だね。指みたく細長くて. . . 」
 「でも王さまの指より強いぞ」 ヘビは言った。

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 ちいさな王子はほほ笑んだ。
 「きみはそんなに強くない. . . あしもない. . . 旅もできない. . . 」
 「船よりも遠くに、きみを運ぶことができるぞ」 ヘビは言った。
 ヘビは金の腕輪のように、ちいさな王子のくるぶしのまわりに巻きついた。
 「おれがさわった者を、その者の生まれた大地におれは戻すんだぞ」 ヘビはまた言った。「だがきみは純粋だし、どこかの星から来たことだし. . . 」
 ちいさな王子はなにも答えなかった。
 「きみはとてもかわいそうだなあ。そんなに弱くて、花崗岩のこの地球に来てしまって。いつか、もし自分の星があまりにもなつかしくなったら、おれはきみを助けることができる。おれならできるぞ. . . 」
 「ああ! よくわかったよ」 ちいさな王子は言った。「でもどうしてきみはずっと謎をかけるように話すの?」
 「おれはその謎のすべてをとくぞ」 ヘビは言った。
 そしてかれらは口をとざした。

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 「こんにちは」 ちいさな王子は言った。
 「こんにちは」 花は言った。
 「人間たちはどこにいるの?」 ちいさな王子は礼儀正しくきいた。
 花はいつか隊商が通るのを見たことがあった。
 「人間たち? 六、七人はいると思うの。何年も前にかれらを見かけたわ。でもどこにかれらがいるのか、ぜんぜんわかりません。風がかれらを連れて行くのよ。かれらには根がないの。それでかれらはとても困っているのよ」
 「さよなら」 ちいさな王子は言った。
 「さようなら」 花は言った。



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 ちいさな王子は高い山に登った。かれが今まで知っていた山は、ひざくらいの高さしかない三つの火山だけだった。しかも死火山は腰かけとして使っていた。だからちいさな王子は思った。( こんな高い山からなら、この星全部とすべての人たちが一度に見えるだろう. . . ) しかし見えたのは、するどい岩の峰ばかりだった。


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 「こんにちは」 かれは念のため言った。
 「こんにちは. . . こんにちは. . . こんにちは. . . 」 こだまが答えた。
 「きみたちはだれ?」 ちいさな王子は言った。
 「きみたちはだれ. . . きみたちはだれ. . . きみたちはだれ. . . 」 こだまが答えた。
 「ぼくの友だちになって。ぼくひとりぼっちなんだ」 かれは言った。
 「ぼくひとりぼっち. . . ぼくひとりぼっち. . . ぼくひとりぼっち. . . 」 こだまが答えた。
 そのときかれは考えた。( なんておかしな星なんだろう! それはすっかり乾いて、とんがって、塩だらけだ。しかも人間たちは想像力に欠けている。かれらは人の言うことをくり返すだけだ. . . ぼくの星には一輪の花がいた。あの花はいつも最初に話しかけてきたんだ. . . )  


                    20

 ところで、ちいさな王子が砂や岩や雪のうえを長いあいだ歩きつづけたのち、やっと一本の道を見つけることになった。しかも道というものは、すべて人間のところに通じている。
 「こんにちは」 かれは言った。
 そこはバラの花咲く庭だった。

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 「こんにちは」 バラたちは言った。
 ちいさな王子はバラたちを見つめた。それらはみんなかれの花と似ていた。
 「きみたちはだれなの?」 ちいさな王子は仰天してたずねた。
 「わたしたちはバラよ」 バラたちは言った。
 「ああ!」 ちいさな王子は言った. . .

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 そしてかれはとても不幸に感じた。かれの花は自分が宇宙で唯一の花だと話していた。それなのにたったひとつの庭に、まったくよく似たバラが五千もあるんだ!
 ( もしぼくの花がこれを見たら、とても気を悪くするだろう. . . ) かれは思った。( 花はものすごい咳をして、もの笑いにならないように、死んだふりをするだろう。そしてぼくは介抱するふりをしなくちゃならなくなる。もしそうしないと、花はぼくにも恥をかかせようとして、ほんとに死ぬかもしれないから. . . )
 それからかれはさらに思った。( この世で唯一の花をもっていて、ぼくは豊かだと思っていた。それなのにぼくは普通のバラを一輪もっているのにすぎないんだ。花とひざの高さの三つの火山、そのひとつはたぶんずっと消えているだろう。それだけじゃ、ぼくは立派な王子になれないよ ) そして、草の上でつっぷして、かれは泣いた。


                    21

 キツネが現れたのは、そのときだった。
 「こんにちは」 キツネは言った。
 「こんにちは」 ちいさな王子は丁寧に答えた。ふり向いたがなにも見えない。
 「おれはここだよ」 声がした。「りんごの木の下に. . . 」

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 「きみはだれ?」 ちいさな王子は言った。「きみはとてもかわいいね. . . 」
 「おれはキツネだよ」 キツネは言った。
 「こっちに来てぼくと遊ぼうよ」 ちいさな王子はさそった。「ぼく、こんなに悲しいんだ. . . 」
 「おれはきみと遊べないよ」 キツネは言った。「なついてないから」
 「あっ! ごめん」 ちいさな王子は言った。
 しかしよく考えてから、かれはつけ加えた。
 「『なつく』ってどういう意味?」
 「きみはここの人じゃないな」 キツネは言った。「なにを探してるんだい?」
 「ぼくは人間たちを探している」 ちいさな王子は言った。「『なつく』ってどういう意味?」
 「人間たちは」 キツネは言った。「鉄砲をもっていて、狩をするんだ。まったく迷惑だ! かれらはめん鶏も飼っている。それだけが、かれらのいいところさ。きみはめん鶏を探しているのか?」
 「いや」 ちいさな王子は言った。「友だちを探している。『なつく』ってどういう意味?」
 「それはあまりに忘れられていることさ」 キツネは言った。「それはね、 『きずなを結ぶ』 という意味なんだ. . . 」
 「きずなを結ぶ?」
 「そうなんだ」 キツネは言った。「きみはまだおれにとって十万人の男の子と同じような一人の男の子にすぎない。

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だからおれはきみが必要じゃない。きみもまたおれが必要じゃない。おれはきみにとって十万匹のキツネと同じような一匹のキツネにすぎない。でも、きみがおれをなつかせたら、ぼくらは互いに必要になるんだ。きみはおれにとって世界で唯一の男の子になる。おれはきみにとって世界で唯一のキツネになる. . . 」

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 「ぼく、わかってきたよ」 ちいさな王子は言った。「一輪の花がいてね. . . その花がぼくをなつかせたと思う. . . 」
 「ありうるね」 キツネは言った。「地球の上では、なんでもおこるから. . . 」
 「あ!それ、地球の話じゃないよ」 ちいさな王子は言った。
 キツネはとても気になったようだった。
 「ほかの星のことだって?」
 「そう」
 「その星に、猟師はいるのか?」
 「いないよ」
 「それって、いいねえ! で、めん鶏は?」
 「いないよ」
 「なんでも完璧ってことはないな」 キツネはため息をついた。
 しかしキツネは自分の考えにまた戻った。
 「おれの生活は単調さ。おれはめん鶏を追っかけて、人間はおれを追っかける。めん鶏はみんな似ているし、人間もみんな似ている。だからおれはちょっと退屈なんだ。でも、もしきみがおれをなつかせたら、おれの生活は晴れやかになるだろうな。おれはほかの足音とは違うきみの足音がわかるようになる。ほかの足音ならおれは地面のなかにもぐる。きみの足音なら音楽のように巣穴の外におれを呼ぶんだ。それから見て! あそこに麦畑が見えるだろう? おれはパンを食べない。小麦はおれには無用だ。麦畑を見てもおれはなにも思い出さない。これは悲しいことだ!だけどきみは金色の髪をしている。

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だからきみがおれをなつかせたら、すばらしいことになるよ! 金色の小麦を見ると、おれはきみを思い出すだろう。しかもおれは麦を吹きわたる風の音も、好きになる. . . 」
 キツネは黙って、ちいさな王子を長いあいだ見つめた。
 「おねがい. . . おれをなつかせて!」 キツネは言った。
 「ぼくもそうしたいよ」 ちいさな王子は答えた。「でもぼくにはあまり時間がない。友だちを見つけなきゃならないし、知らなきゃならないことも、たくさんあるんだ」
 「なつかせたものしか、知ることはできないよ」 キツネは言った。「人間たちにはもう何かを知る時間がない。かれらは店でできあがったものを買う。でも友だちを売る商人はいないから、人間たちにはもう友だちがいないんだ。もし友だちがほしければ、おれをなつかせて!」
 「どうしたらいいの?」 ちいさな王子は言った。
 「辛抱がとても必要さ」 キツネが答えた。「最初きみはおれからすこし離れて、このように、草のなかにすわるんだ。おれは横目できみを見る。きみはなにも言っちゃいけない。言葉は誤解のもとだ。でも、毎日きみはすこしずつ近くにすわることができる. . . 」
 次の日ちいさな王子はまたやって来た。
 「同じ時間に来たほうがよかったのに」 キツネは言った。「たとえば、きみが午後四時に来るなら、三時になるとおれはうれしくなってくる。時間がたてばたつほど、おれはうれしさでいっぱいになってくる。四時には、もう、そわそわして心配して、おれって幸せだなと感じるんだ! でもきみがいつと決めないで来るなら、おれは何時に心の準備をしたらいいか、わからなくなる. . . 決め事が必要なんだ」

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 「決め事ってなに?」 ちいさな王子は言った。
 「これもあまりに忘れられていることだよ」 キツネは言った。「それは、ある日をほかの日と、ある時間をほかの時間と違ったものにすることさ。たとえば猟師たちのところには決め事がある。かれらは木曜日に村の娘たちとダンスをする。それで木曜日はすばらしい日になるんだ! おれはブドウ畑まで散歩にいく。もし猟師たちがいつと決めないでダンスをすると、毎日がみんな同じようになって、おれには休みがぜんぜんなくなってしまうんだ」

 こうしてちいさな王子はキツネをなつかせた。そして別れのときが近づいた。
 「ああ!」 キツネは言った。「おれ、泣いちゃうよ. . . 」
 「きみのせいだよ」 ちいさな王子は言った。「ぼくはきみを悪いようにしようなんて、ぜんぜん思ってなかったよ。きみがなつかせてくれって、ぼくに望んだんだ. . . 」
 「そうだよ」 キツネは言った。
 「でもきみ、泣きそうだね!」 ちいさな王子は言った。
 「そうだよ」 キツネは言った。
 「それじゃ、きみはなにもいいことなかったね!」
 「いいことあったよ」 キツネは言った。「小麦の色のおかげでね」
 それからキツネはつけ加えた。

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 「バラたちにもう一度会いにいきなよ。きみのバラが世界で唯一のものだと、きみはわかるんだ。さよならを言いに戻ってきたら、おれはきみに秘密の贈り物をあげるよ」

 ちいさな王子はバラたちにもう一度会いにいった。
 「きみたちはぼくのバラとぜんぜん似てないね。まだなにものでもないんだ」 かれはバラたちに言った。「だれもきみたちをなつかせたことがないし、きみたちだって、だれもなつかせたことがないんだ。きみたちはぼくが会う前のキツネみたいだ。そのキツネは十万匹のキツネと同じ一匹のキツネでしかなかった。でもぼくはそのキツネと友だちになった。しかも今では世界で唯一のキツネなんだ」
 バラたちはとても気まずかった。
 「きみたちはきれいだ。でも中身はからっぽなんだ」 かれはまたバラたちに言った。「きみたちのためには死ねないんだ。もちろん、ぼくのあのバラだって通りすがりの人が見たら、きみたちと同じだと思うだろう。でもぼくのバラだけはきみたち全部より大切なんだ。だってあのバラなんだよ、ぼくが水をやったのは。あのバラなんだよ、ぼくがガラスのおおいをかぶせたのは。あのバラなんだよ、ぼくがついたてで守ったのは。あのバラなんだよ、ぼくが毛虫を殺したのは(チョウチョになる二、三匹は残したけど)。あのバラなんだよ、ぼくが不満や自慢やときどき沈黙でさえ耳をかたむけたのは。だってあれは、ぼくのバラなんだから」

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 それからかれはキツネの方に戻った。
 「さよなら」 かれは言った。
 「さよなら」 キツネは言った。「ぼくの秘密だよ。とても簡単さ。心で見ないとよく見えない。大切なものは、目に見えないんだ」
 「大切なものは、目に見えない」 覚えておくために、ちいさな王子はくり返した。
 「きみのバラに失った時間こそが、きみのバラをそれほど大事なものにしたんだ」
 「ぼくのバラに失った時間こそが. . . 」 覚えておくために、ちいさな王子は言った。
 「人間たちはこの真理を忘れてしまっている」 キツネは言った。「だがきみはそれを忘れてはだめだ。きみがなつかせたものに対して、きみは永久に責任をもつことになる。きみのバラに、きみは責任がある. . . 」
 「ぼくのバラに、ぼくは責任がある. . . 」 覚えておくために、ちいさな王子はくり返した。


                     22

 「こんにちは」 ちいさな王子は言った。
 「こんにちは」 転(てん)轍手(てつしゅ)は言った。
 「ここでなにをしてるの?」 ちいさな王子は言った。
 「旅行者たちを千人ずつまとめて入れかえてるんだ」

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転轍手は言った。「かれらを運ぶ列車を、右に左に送るんだよ」
 すると明かりのついた特急列車が、雷のように轟きながら、転轍小屋を震わせた。
 「かれらはとても急いでいるんだ」 ちいさな王子は言った。「なにを探してるんだろう?」
 「機関士自身も、それを知らないよ」 転轍手は言った。
すると反対方向にいく、明かりのついた二番目の特急列車が轟音をあげた。
 「もう戻ってくるの?」 ちいさな王子はたずねた. . .
 「あれはさっきの人たちじゃないよ」 転轍手は言った。「すれちがったんだ」
 「かれらは満足していなかったんだ。いったいかれらはどこにいたんだろう?」
 「自分のいる場所に満足している人は決していないよ」 転轍手は言った。
 すると明かりのついた三番目の特急列車の大音響が轟いた。
 「かれらは最初の旅行者たちを追いかけてるの?」 ちいさな王子はたずねた。
 「ぜんぜん追いかけてなんかいないさ」 転轍手は言った。「かれらは車内で眠っているか、それともあくびをしている。子どもたちだけが窓ガラスに鼻を押しつけているんだ」
 「子どもたちだけが、なにを探してるのか知ってるんだ」 ちいさな王子は言った。「かれらはぼろ人形に時間を失うから、その人形がとても大切になるんだ。だからもし人形を取りあげたら、かれらは泣くんだ. . . 」
 「子どもはうらやましい」 転轍手は言った。

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 「こんにちは」 ちいさな王子は言った。
 「こんにちは」 商人は言った。
 それはのどの渇きをいやすという、すごい薬を売る商人だった。一週間に一粒それを飲むと、もう水を飲みたいと思わなくなるという。
 「どうしてそんなもの売ってるの?」 ちいさな王子は言った。
 「これはたいへんな時間の節約になるからだよ」 商人は言った。「専門家が計算した。一週間に五十三分の節約になるのだよ」

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 「じゃあその五十三分をどうするの」
 「したいことをすればいいのさ. . . 」
 ( ぼくなら ) ちいさな王子は思った。( 五十三分あれば、水飲み場の方へゆっくり歩いていくのに. . . )


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 砂漠で飛行機が故障してから八日目だった。たくわえていた水の最後の一滴を飲みながら、ぼくはその商人の話を聞いていた。
 「ああ!」 ぼくはちいさな王子に言った。「とてもすてきだね、きみの思い出は。でもぼくの飛行機はまだ修理ができてないし、飲み水は全然ないんだ。だからぼくも同じように、水飲み場の方へゆっくり歩いていけたら、うれしいんだけどなあ!」
 「ぼくの友だちのキツネはね. . .」 かれはぼくに言った。
 「あのね、ぼうや、もうキツネどころじゃないんだよ!」
 「どうして?」
 「どうしてって、のどが渇いてもうすぐ死ぬんだから. . . 」
 かれはぼくの理屈を理解しないで、ぼくに答えた。
 「友だちをもったことはいいことなんだ、たとえもうすぐ死ぬにしても。ぼくはといえば、キツネと友だちになって、ほんとによかった. . . 」
 ( かれは危険がわからないんだ ) ぼくは思った。( かれ
は決して飢えたり、のどが渇いたりしない。かれにはすこしの日の光があれば充分なんだ. . . )

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 でもかれはぼくをじっと見つめて、ぼくの考えに答えた。
 「ぼくものどが渇いてる. . . 井戸を探そう. . . 」
 ぼくはもううんざりだという身ぶりをした。広大な砂漠のなかを、あてもなく井戸を探すのはばかげてる。それでも、ぼくたちは歩きだした。

 ぼくたちが何時間も黙って歩いていると、夜になり、星たちの明かりがともりはじめた。のどの渇きのせいですこし熱っぽかったので、ぼくは夢見心地で星たちを見ていた。ちいさな王子の言ったあの言葉が、ぼくの記憶のなかで踊っていた。 
 「じゃあ、きみものどが渇いてるんだね?」 ぼくはかれにたずねた。
 しかし、かれはぼくの質問に答えなかった。かれはただぼくに言った。
 「水は心にもいいものになれるよ. . . 」
 ぼくはかれの返事がわからなかった。でもぼくは口をとざした. . . かれに質問してはいけないということを、ぼくはよく知っていたから。
 かれは疲れていて、すわった。ぼくはかれのそばにすわった。そして沈黙のあと、かれはまた言った。
 「星たちはきれいだな。見えない一輪の花があるから. . . 」

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 ぼくは答えた。「そうだね」 そしてぼくは話をやめて、月明かりに照らされた砂の起伏をながめていた。
 「砂漠はきれいだな」 かれはつけ加えた。
まさにそれは本当だった。ぼくはずっと砂漠が好きなんだ。砂丘にすわる。なにも見えない。なにも聞こえない。なのに、なにかがひそかに光っている. . .
 「砂漠がきれいなのは」 ちいさな王子は言った。「それはどこかに井戸を隠しているからさ. . . 」
 砂からでる神秘的な光のことが突然わかって、ぼくはびっくりした。子どものころ、ぼくは古い家に住んでいて、宝物がそのどこかに埋められているという言い伝えがあった。もちろん、だれもそれを見つけられなかったし、たぶんそれを探そうとさえしなかった。だがそれは家全体に魔法をかけていたんだ。ぼくの家はその中心の奥底に秘密を隠していた. . .
 「そうだよ」 ぼくはちいさな王子に言った。「家でも星でも砂漠でも、それらをきれいにするものは目に見えないんだ!」
 「うれしいな」 かれは言った。「きみがぼくのキツネと同じ考えなので」
 ちいさな王子が眠りかけていたので、ぼくはかれを両腕で抱きあげ、また歩きだした。ぼくは胸がいっぱいになっていた。ぼくは壊れやすい宝物を抱きかかえているようだった。地球の上に、これより壊れやすいものはないとさえ思えた。ぼくは月の光に照らされた青白い額、閉じた目、風にゆれる髪の房を見つめていた。そして思った。( ぼくがここに見えるものは外見にしかすぎない。一番重要なものは目に見えない. . . )

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かれのすこしひらいた唇がかすかに微笑みかけていたので、ぼくはまた思った。( この眠っているちいさな王子にそれほど強く感動するのは、一輪の花にかれが誠実だからだ。かれが眠っているときでさえ、一輪のバラの姿がランプの炎のように、かれのなかで光を放っている. . . ) そしてぼくはかれがなおいっそう壊れやすいことを感じた。ランプたちをしっかり守らなくてはならないんだ。突風がそれらをふき消すかもしれないから. . .
 こうしてぼくは歩きつづけ、夜明けには井戸を見つけた。


                     25

 「人間たちは」 ちいさな王子は言った。「特急列車に乗りこむけど、みんな自分がなにを探しているのか、もうわからないんだ。それでそわそわして、同じところをぐるぐる回っている. . . 」
 そしてつけ加えた。
 「そんなこと、しなくてもいいのに. . . 」
 ぼくたちが行き着いた井戸は、サハラ砂漠のほかの井戸と似ていなかった。サハラ砂漠の井戸は、砂を掘ったたんなる穴にすぎない。ぼくたちのその井戸は村の井戸に似ていた。でもそこには村がまったくなかった。ぼくは夢を見ていると思った。
 「へんだなあ」 ぼくはちいさな王子に言った。「すべてがそろってる。滑車も、桶も、綱も. . . 」

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 かれは笑い、その綱をつかみ、滑車を動かした。
 すると長いあいだ風に吹かれていない、古い風見鶏がきしむように、滑車はきしむ音をたてた。
 「聞こえるよね」 ちいさな王子は言った。「ぼくたちがこの井戸を起こしたんだ。それで井戸が歌ってる. . . 」
 ぼくはかれに無理してもらいたくなかった。
 「ぼくがするよ」 ぼくは言った。「きみには重すぎる」
 ゆっくりとぼくは桶を縁(ふち)石(いし)まで引きあげた。ぼくはそれをそこにしっかり置いた。ぼくの耳には滑車の歌が続いていて、まだゆれている水には太陽がゆらいでいた。
 「ぼくがほしかったのは、この水なんだ」 ちいさな王子は言った。「ぼくに飲ませて. . . 」
 そこでぼくはかれが探していたものがわかった!
 ぼくはかれの唇まで桶をもちあげた。かれは目を閉じて飲んだ。それは祝祭のように甘美だった。その水はまったく普通の水ではなかった。それは星空の下を歩き、滑車が歌い、ぼくの両腕でがんばった結果生まれた水だった。それは贈り物のように、心にいいものだった。ぼくが子どものころ、同じように、クリスマスツリーの明かりや、深夜ミサの音楽や、みんなの優しい笑顔のすべてが、ぼくのもらったクリスマスの贈り物を輝かせていたのだった。
 「きみの星の人たちは」 ちいさな王子は言った。「ひとつの庭に五千のバラを育ててる. . . それなのに自分たちの探してるものがそこに見つからないんだね. . . 」

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 「見つからないんだよ. . . 」 ぼくは答えた。
 「でもね、自分たちが探しているものは、たった一輪のバラや、ほんの少しの水のなかに見つけれるのに. . .」   
 「そうだね」 ぼくは答えた。
 そしてちいさな王子はつけ加えた。
 「でも目では見えないんだ。心で探さなくちゃいけない」

 ぼくは水を飲んで、とてもほっとしていた。夜明けの砂は蜜の色だ。ぼくはその蜜の色もまたうれしかった。なぜぼくは悲しく感じなければならなかったのか. . .
 「約束は守らなければね」 ちいさな王子はぼくに静かに言った。かれはまた、ぼくのそばにすわっていた。
 「なんの約束?」
 「ほら. . . ぼくの羊の口輪だよ. . . ぼくはあの花に責任があるんだ!」
 ぼくはポケットから絵の下書きを何枚か取り出した。ちいさな王子はそれらを見て、笑いながら言った。
 「きみのバオバブは、ちょっとキャベツみたいだ. . . 」
 「あー!」
 このぼくはバオバブの絵に、とても自信があったのに!
 「きみのキツネは. . . 耳が. . . ちょっと角みたいだ. . .長すぎるよ!」
 そしてかれはまた笑った。
 「きみは不公平だよ、ぼうや。ぼくはボアの内側と外側しか描けなかったんだよ」

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 「ああ! なんとかなるよ」 かれは言った。「子どもたちはわかるさ」
 そこでぼくは口輪をえんぴつで描いた。そしてそれをかれにあげるとき、ぼくは胸がしめつけられた。
 「きみにはぼくの知らない計画があるんだね. . . 」
 しかしかれはぼくに答えないで、こう言った。
 「ねえ、ぼくが地球に落ちてきて. . . あしたがその記念日なんだ. . . 」
 それから黙ったあとに、かれはまた言った。
 「ぼくはこのすぐ近くに落ちたんだ. . . 」
 そしてかれは顔を赤らめた。
 また、なぜかわからないまま、ぼくは奇妙な悲しみを感じた。けれどもある質問が頭に浮かんだ。
 「じゃあ偶然じゃなかったんだ。一週間前、ぼくがきみと知りあった朝、人の住んでいるすべての地域から、はるかに離れた所に、たったひとりで、あのように歩いていたのは! きみは落ちた地点に戻るところだったんだね?」
 ちいさな王子はまた顔を赤らめた。
 ぼくはためらいながら、つけ加えた。
 「たぶん、記念日が近かったからだね?. . . 」
 ちいさな王子はまたもや顔を赤らめた。かれは質問には決して答えなかったけれど、顔を赤らめたときは「そうだよ」を意味してるんだよね?
 「ああ!」ぼくはかれに言った。「ぼくは心配なんだ. . . 」
 しかしかれはぼくに答えた。

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 「きみは今、仕事をしなければならないんだ。きみの機械のところに、また行かなくちゃ。ここで待ってるから、あしたの夕方、戻ってきて. . . 」
 でもぼくは安心していなかった。あのキツネのことを思い出していた。なついてしまったら、ちょっと泣くかもしれないな. . .

                     26

 井戸の近くに、くずれかけた古い石塀があった。翌日の夕方、ぼくが作業から戻ると、かわいい王子がその塀の上にすわり、両足をおろしているのが遠くから見えた。しかもかれの話してる声も聞こえた。
 「きみはそれを覚えていないの? それはぜんぜんここじゃないよ!」
たぶん別の声がかれに答えた。というのはかれが言い返したから。
 「ちがう! ちがうよ! 日にちは確かに今日だけど、場所がここじゃないんだ. . . 」
 ぼくは塀のほうに歩き続けた。まだだれも見えないし、声も聞こえなかった。それでもちいさな王子はまた言い返した。
 「. . . もちろんさ。きみはぼくの足跡が、砂の上でどこから始まっているかわかるさ。きみはそこでぼくを待っていればいいんだ。ぼくは今夜そこに行くよ」

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 ぼくはその塀から二十メートルのところに来た。それなのにまだ何も見えなかった。
 ちいさな王子は黙ったあと、また言った。 
 「きみの毒はよく効くの? ぼくを長く苦しませたりはしないよね?」
 ぼくははっとして立ちどまった。胸がしめつけられた。でもまだ何のことかわからなかった。
 「さあ、行きなよ」 かれは言った. . . 「ぼく、降りたいんだ!」
 そのとき塀の下のほうを見ると、ぼくは跳びあがった! そこにいた。ちいさな王子に向かって鎌首をもたげて。それは三十秒で人を殺す、あの黄色いヘビの一匹だった。ぼくは拳銃を出そうとして、ポケットをまさぐりながら駆けだしたが、その音でヘビは噴水が止まるように、静かに砂のなかに沈んでしまった。そして、たいして急ぎもしないで、軽い金属音をたてながら、石のあいだにうまく入りこんでいった。
 ぼくは塀にたどり着き、ぼくのかわいい王子を両腕で抱き支えるのにちょうど間に合った。王子は雪のように蒼白だった。
 「これはなんということなんだ! きみは今ではヘビと話すんだ!」
ぼくはかれがいつも首に巻いている金色のスカーフをほどいた。こめかみを湿らせ、水を飲ませた。それからもうなにもたずねる気になれなかった。かれは真剣にぼくを見つめると、かれの両腕をぼくの首に巻きつけてきた。ぼくはかれの胸の鼓動を感じた。それはカービン銃で撃たれて死んでいく鳥の鼓動のようだった。かれはぼくに言った。

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 「きみの機械の故障がわかって、ぼくはうれしいよ。きみはお家に帰れるんだ. . . 」
 「どうして知ってるの?」
 ぼくは意外にも作業がうまくいったことを、かれにちょうど知らせに来たところなんだ!
 かれはぼくの質問にはぜんぜん答えないで、つけ加えた。
 「ぼくもね、きょう、お家に帰るんだ. . . 」
 それから、悲しそうに言った。
 「そこは、きみより、はるかに遠いんだ. . . はるかに難しいんだ. . . 」
 ぼくは何かとんでもないことが起きているのを感じた。幼子(おさなご)のように、かれを両腕で抱きしめた。そうしても、かれを引きとめるすべもないままに、かれが底知れぬ深みへと、まっすぐ沈んでいくように思えてならなかった. . .
 かれの真剣なまなざしは、はるか遠くに向かっていた。
 「ぼくにはきみのくれた羊がいる。羊の箱もある。口輪もあるよ. . . 」
 そう言って悲しそうにほほ笑んだ。
 ぼくは長いあいだ待った。かれの体にすこしずつぬくもりが戻るのを感じていた。
 「ぼうや、こわかったんだね. . . 」
 もちろん、かれはこわかった! しかしかれは静かに笑った。

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 「今夜、ぼく、もっとこわいだろう. . . 」
 取りかえしがつかない気持ちから、ぼくはまた全身が凍るのを感じた。そしてこの笑い声がもう決して聞けなくなると思うだけで、ぼくはとても耐えられないことがわかった。 その笑い声はぼくにとって砂漠のなかの泉のようだった。
 「ぼうや、きみの笑い声がまた聞きたいんだ. . . 」
 でもかれはぼくに言った。
 「今夜で、一年になる。ぼくの星は去年ぼくが落ちてきた場所の、ちょうど真上にあるんだ. . . 」
 「ぼうや、ヘビのことも、会う約束も、星のことも、それらの話は悪い夢だよね. . . 」
 でもかれはぼくの質問に答えないで、ぼくに言った。
 「大切なもの、それは目に見えないんだ. . . 」
 「そうだね. . . 」
 「それはあの花と同じようだね。ある星に咲く一輪の花をきみが好きになると、夜、空をながめるのが心地よくなる。すべての星たちに花が咲くんだ」
 「そうだね. . . 」
 「それはあの水と同じようだね。きみがぼくに飲ませてくれた水は、滑車や綱のおかげで音楽のようだった. . . 覚えているよね. . . あれはいい水だったよ」
 「そうだね. . . 」
 「きみは、夜、星たちを、ながめるだろう。ぼくの星はちいさすぎて、どこにあるのかきみに教えられない。でもそのほうがいいんだ。ぼくの星はきみにとって、星たちのなかのひとつになるんだ。そのとき星たち全部をながめるのが好きになるさ. . . 星たちがみんなきみの友だちになるよ。それからきみに贈り物をあげる. . . 」

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 かれはまた笑った。
 「ああ! ぼうや、ぼうや、ぼくはこの笑い声を聞くのが大好きだよ!」
 「そう、これがぼくの贈り物さ. . . これはあの水と同じようなんだ. . . 」
 「どういうことなの?」
 「人はみんな星をもってるけど、そのもってる意味は同じじゃないんだ。旅行者にとって、星は案内人さ。ほかのある人にとって、星は小さな明かりにしかすぎない。学者たちにとって、星は課題さ。あのビジネスマンにとっては、黄金だった。でもそれら全部の星は黙ってるよ。きみはね、だれももってない星をもつんだ. . . 」
 「どういうことなの?」
 「きみが夜、空をながめるとき、星たちのひとつにぼくは住んでるから、星たちのひとつでぼくは笑ってるから、そのときは、きみにとってすべての星たちが、まるで笑ってるようになる。きみはね、笑うことができる星をもつんだよ!」
 そしてかれはまた笑った。
 「いつかきみの悲しみがやわらぐとき( やわらがない悲しみはないさ )ぼくと知りあってよかったと思うよ。きみはいつもぼくの友だちなんだ。きみはぼくといっしょに笑いたくなるよ。そういうとき窓をこんなふうに開けてよね、気晴らしに. . . きみの友だちは、きみが空をながめて笑ってるのを見て、とてもびっくりするだろうな。

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 そのとききみは友だちに言うんだ。『そうだよ。ぼくは星を見るといつも笑うんだ!』 するとかれらは、きみの頭がおかしくなったと思うよ。ぼくはきみに、ひどいいたずらをしたことになるよね. . . 」
 そしてかれはまた笑った。
 「それは星たちのかわりに、ちいさな笑う鈴をいっぱいきみにあげたみたいだね. . . 」
 そしてかれはまた笑った。それからかれは真顔にもどった。
 「今夜. . . ねえ. . . こないで」
 「きみを離れないよ」
 「ぼく、病人みたいになる. . . すこし死んでいくようになる. . . そういうものさ。そんなの見にこないで。こなくていいから. . . 」
 「きみを離れないよ」
 でも王子は気にかけていた。
 「ぼくがこう言うのはね. . . ヘビのせいでもあるんだ。きみがヘビにかまれちゃいけないから. . . ヘビはあぶない。面白がってかむかもしれないんだ. . . 」
 「きみを離れないよ」
 しかしなにかしら、王子は安心した。
 「二度目にかむときは、ヘビには毒がもうないんだ. . . 」

 その夜、ぼくはかれが出ていくのに気づかなかった。かれはそっとぬけ出していた。ぼくがうまくかれに追いついたとき、かれは決心した様子で、足早に歩いていた。かれはぼくにただ言った。

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 「ああ! きたんだ. . . 」
 かれはぼくの手をにぎった。しかしかれはまた苦しんだ。
 「きみはまちがえたよ。つらくなるよ。ぼくは死んだようになる。でもそれはほんとじゃないんだ. . . 」
 ぼくは、黙っていた。
 「わかるよね。遠すぎるんだ。ぼくは、この体をもっていけない。重すぎるんだ」
 ぼくは、黙っていた。
 「でもこれは、はがれた一枚の古い木の皮のようになるんだ。古い木の皮たち、というものは悲しくないよ. . . 」
 ぼくは、黙っていた。
 かれはちょっと気落ちした。けれどまた気をとりなおした。
 「すてきだろうね。ぼくも、星たちをながめるよ。すべての星たちが、さびたプーリーのついた井戸になるんだ。すべての星たちが、ぼくに水をついでくれるんだ. . . 」
 ぼくは、黙っていた。
 「それはとっても楽しいよ! きみは五億の鈴をもつ。ぼくは五億の泉をもつんだ. . . 」
 そしてかれも口をとざした。泣いていたから. . .

 「ここだよ。ぼくひとりで、一歩ふみださせて」
 それなのにかれはすわりこんだ。こわかったのだ。かれはまた言った。

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 「ねえ. . . ぼくの花. . . ぼくはあの花に責任があるんだ! あの花はとっても弱いんだ! とっても無邪気なんだ。世界から身をまもるのに、もっているのは取るにたりない四つのトゲだけなんだ. . . 」
 ぼくもすわった。もう立っていられなかったから。かれは言った。
 「これで. . . すべてさ. . . 」
 かれはまた少しためらったが、立ちあがった。一歩ふみだした。ぼくは、動くこともできないでいた。

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 かれのくるぶしのあたりには、黄色い光がひらめいただけだった。かれは一瞬、動かないでいた。叫ばなかった。かれは木が倒れるように、ゆっくり、倒れた。音さえたてなかった。砂のせいで。

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 そして今、確かにもう六年が過ぎた. . . ぼくはまだ一度もこの話をしたことがない。ぼくと再会した仲間たちは、生きてまた会えたことをとても喜んだ。ぼくは悲しかったが、かれらに言っていた。 「疲れているからね. . . 」
 今、すこし悲しみがやわらいでいる。つまり. . . 完全には消えていない。でもかれが自分の星に帰ったことを、ぼくはよく知っている。というのは、その夜明けには、かれの体が見つからなかったから。あまり重い体ではなかったことだし. . . だからぼくは夜、星たちに耳をすますのが大好きなんだ。それらは五億の鈴のようだ. . .
 ところで、大変なことが起きている。ぼくがちいさな王子に描いてあげた口輪に、革ひもをつけるのを忘れてしまった! かれは羊に口輪を決してつけられなかっただろう。そこでぼくは思う。( かれの星でなにが起きているのか? あの羊があの花を食べたかもしれない. . . )
 あるときはこう思う。( そんなことはないさ! ちいさな王子はあの花を毎晩、ガラスのおおいで守り、あの羊をよく見張っているのさ. . . ) それならぼくはうれしい。すべての星たちがやさしく笑っている。
 またあるときはこう思う。( だれでも一度や二度、うっかりすることがある。それだけでもうおしまいだ! かれがある晩、ガラスのおおいを忘れたら。あの羊が夜中に、そっと出かけたら. . . ) それですべての鈴は涙に変るんだ!. . .


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 まさにそれがとても重要な秘密なんだ。ぼくと同じようにちいさな王子が大好きなきみたちにとっても、ぼくにとっても、どこかわからない場所で、ぼくたちの知らない羊があるバラを食べたか食べないかで、この宇宙がすべて違ったものになってしまうんだ. . .
 空をごらん。考えてみて。「あの羊はあの花を食べてしまったのか、そうじゃないのか?」 そうしたら、きみたちはどんなにすべてが変るのか、わかるだろう. . .
 それなのに、大人は、それがどんなに重要なことか決してわからないだろう!

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 これこそ、ぼくにとって、世界でいちばん美しく、いちばん悲しい風景だ。これは前のページと同じ風景だ。でもきみたちによく見てもらうために、もう一度描いた。ちいさな王子が地上に現れ、姿を消したのは、ここなんだ。
 もしいつか、きみたちがアフリカのこの砂漠を旅行するとき、ここが確かにわかるように、この風景を注意深く見ておいてほしい。そしてここを通ることがあったら、お願いだから急がないで、この星の下で少し待ってほしい! もしそのとき、ひとりの子どもがきみたちのところに来たら、笑ったら、金髪だったら、質問しても答えなかったら、きみたちはかれがだれだかわかるよね。そのときは、お願いしたい! ぼくをこんなに悲しいままにしておかないで、すぐに手紙を書いてほしい。かれが戻ってきたよ、と. . .

-| 2016年10月01日 |2016年10月02日 ブログトップ

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